すると、この事はストリング理論にとっては残念なことになる。なぜなら、現在の物理学会で最も人気があ る「万物理論」では、特殊相対性理論が成り立たないということは、まったく予想されていないということである。ストリング理論は、アインシュタインが百年 前に特殊相対性理論を発表してから、それがそのまま正しいことを前提にしている。
実は、ストリング理論の大きな成果は、ストリングに関して、量 子論と特殊相対性理論のいずれとも矛盾しない理論を立てたことだった。つまり、ストリング理論は、いろいろな振動数の光子が、どんなに光源から離れていて も、同じ速さで動くということを大前提として予測し、このストリング理論が出す予測は、数少ない予測の一つである。そして、このことこそが、現在の技術で 検証しうるものとしては、ストリング理論の唯一の予測でもある。
特殊相対性理論の予測が反証されるとは、どういう意味だろう。二つの可能性があ る。一つは特殊相対性理論が間違っているということだが、もう一つの可能性からすると、特殊相対性理論は深まる。この十年に基礎物理学に出てきた中で、た ぶん最も驚くべき新説の物語は、この違いを軸にしている。
特殊相対性理論が成り立たない、あるいは修正すべきことを明らかにする実験はいくつかある。たとえば、宇宙で観測されているガンマ線バーストに関して、この現象は、わずか数分の一秒で、銀河全体が出すほどの量の光を出す、とてつもなく大きな爆発である。
ガンマ線バーストという名前が意味するように、その光のほとんどは、ガンマ線という、高エネルギーの光子の形をとっている。この爆発から出てくる信号は、 平均して二日に一回ほど地球にやってくる。最初に探知されたのは一九六〇年代の終わりのことで、不正な核実験を探すために作られた軍事衛星がとらえた。今 は、このガンマ線を探知することを目的とする科学衛星で観測されている。
ガンマ線バーストの源が何か、正確なところはわからないが、正しそうな理論はいくつかある。中性子星どうし、あるいは中性子星とブラックホールが衝突してできるのかもしれない。いずれにしても、現在観測されている中でも最も激しい、高エネルギーの事象となる。
アインシュタインの特殊相対性理論は、光は振動数にかかわらず、すべて同じ速さで伝わる。そして、ガンマ線バーストの観測は、特殊相対性理論のいう光速不 変を検証する実験室となる。なぜなら、短期集中的に広いエネルギー範囲の光子が激しく出てくるからである。そして、最も重要なことは、このバーストがこち らへ届くのに何億年もかかる場合もあることで、実験の検証には欠かせない核心が潜んでいるとも考えられる。
アインシュタインが間違っていて、いろいろなエネルギーの光子が少しずつ異なる速さで動くとしよう。同じ距離のところで爆発してできた二つの光子について、地球に届く時刻が異なれば、これは確かに特殊相対性理論が成り立たないことを示すことになる。
そのような重大な発見があると、どういうことになるだろう。それはまず、その破綻が起きる物理的なスケールにもよる。特殊相対性理論が崩れると予想される 場所は、プランク長さでのことである。プランク・スケールは、陽子の大きさのおよそ10^20分の一程度であることを思い出そう。量子論は、この大きさが 境目となって、それ以下では古典的時空像が崩れることを教えてくれる。アインシュタインの特殊相対性理論は古典的な像の一部なので、まさにそこで成り立た なくなると予想してもいいだろう。
プランク・スケールの空間と時間の構造で成り立たなくなっていることを示す結果を見られる実験が、何 かあるだろうか。現代電子工学があれば、光子の到着時間のごくわずかな違いは検出できるが、現代電子工学は、もっと小さな量子重力の影響を測定できるほど になっているだろうか。
特記しておくべきは、実はプランク・スケールが探れることにわれわれが気づくには、一九九〇年代の半ばまでかかったことである。
アメリノ=カメリアは、プランク・スケールで物理を観察する方法を探すという仕事を始めた。当時はそんなことをするのはまるっきり突拍子もない野心に見え ていたが、一般の知識が間違っていることを証明し、そのための何らかの方法に到達するという目標に挑んだ。ヒントにしたのは陽子崩壊の検証だった。陽子崩 壊は、きわめてまれな出来事であることが予測されていたが、陽子をたくさん集めれば、崩壊が起きるのが見られると予想される。膨大な数の陽子が増幅器の役 割をして、きわめて小さくまれなことが見えるようにする。彼が考えたのは、そのような増幅器が何かあって、それでプランク・スケールでの現象を探知できる かという問題だった。
そして、使える増幅の例として、宇宙線と、ガンマ線バーストの光子があり、いずれの場合も、宇宙そのものを増幅器として使っている。宇宙の大きさそのも のが、きわめてまれな事象でも、起きる確率を増幅しており、光が宇宙をはるばる移動するのにかかる膨大な時間が、ごく小さな作用を増幅できる。すでに述べ たように、この種の実験が、理論的には、特殊相対性理論が成り立たないことを知らせる合図となりうる。アメリノ=カメリアが発見したことも、プランク・ス ケール、ひいては量子重力を探る実験を、実際に工夫できるということだった。
量子重力のせいで光子の速さに変化があっても、普通はとてつもなく 小さなものである。しかしその影響は、ガンマ線バーストから届くまでの何十億年にも及ぶこともある時間で、大きく増幅される。物理学者は、何年か前、量子 重力効果の大きさを概算して、これだけの距離を飛んで来れば、エネルギーが異なる光子の到着時刻のずれは、一〇〇〇分の一秒ほどになることを知った。わず かな時間だが、現代の電子機器なら十分に測定できる範囲に収まる。実際、GIAST(ガンマ線広域宇宙望遠鏡)という最新のガンマ線観測装置なら、それだ けの感度がある。
しかし、光子の到着時刻のずれが観測されたとすると、「最短の長さ」のようなものはありえないことになる。物がどんな に短くても、それに対して光速に近い速さで動けば、それよりも短いものができる。つまり、プランク長さが「最短の長さ」とする考え方と特殊相対論の「光子 の到着時刻のずれ」を「最短の長さ」とする考え方との間には矛盾が生じる。
一九九九年に、この矛盾に気がついたのが、アメリノ=カメリアだった。今述べたような逆説に行き当たり、それを解決したのである。その考え方は、アインシュタインを特殊相対性理論に導いた推論を拡張することだった。
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特殊相対性理論の第二の公理、つまり光速は普遍的であるというのは、それ自体が矛盾しているように見える。なぜか。一個の光子を考え、二人の観測者がそれ を追跡するとしよう。二人の観測者が互いに対して運動しているとする。二人がこの光子の速さを測定すると、普通は異なる値が出ると予想される。通常の物体 はそのようにふるまうからである。バスが私を追い越して、私の方は高速道路を時速一四〇キロで走っているため、私にはバスが時速一〇キロで進んでいるよう に見えたとすると、それを路肩に立って見ている人には、バスは時速一五〇キロで走っているように見えるだろう。ところが、同様の状況で光子を観測すると、 特殊相対性理論は、路肩の観測者が測定しても、その光子は私が得た観測結果と同じ速さになると言う。
これが矛盾でないわけがあろうか。鍵は、われわれは速さそのものを計るわけではないところにある。
速 さは比であって、一定時間あたりに進む距離である。アインシュタインが気づいたことの核心は、二人の観測者が互いに対して動いていても、空間と時間の計り 方が違うので、光子については同じ速さだと測定するということである。その時間と距離の測定結果は、光の速さが普遍的になるようなずれ方をするのである。
しかし、一つの定数についてそういうことができるなら、他にもそういうものがあってもいいではないか。距離についても同じような仕掛けを使えるだろうか。 われわれは、一般的に言うと、運動する1メートルの物差しを観測すると、1メートルもないように見えることは理解している。これはたいていの長さについて は言えるが、仕掛けというのは、うまく段取りをすれば、プランク長さの水準まで行き着いたとき、この影響が出ないようにすることはできるかということであ る。それができるなら、物差しが正確にプランク長さであれば、それが動いていても、その長さについてはすべての観測者が一致できるようになる。すると、わ れわれは、速さと長さの二つの普遍的な量を得られたということになるのか。
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アインシュタインには第一の仕掛けはあった。光よりも速く動けるものはないからである。この世には二種類のものがある。それは、光速で進むものと、光速未満で進むものである。
一方の観測者が何かについて光速に達していないと見れば、観測者はすべてそう見る。いずれかの観測者が何かについて、光速とぴったり同じ速さで動いていると見れば、やはり観測者全員がそう見る。
ア メリノ=カメリアが考えたことは、長さで同じことをすることだった。空間と時間の測定結果が観測者ごとに異なることになる規則を修正し、プランク長さであ れば、観測者全員が、それはプランク長さであることで一致し、それより長ければ、やはり誰もが長いということについては一致するようにすることを提案し た。この方式でも矛盾はないようにすることはできる。どの観測者にとっても、プランク長さよりも小さいものはありえないからである。
彼は、すぐに、アインシュタインの特殊相対性理論の方程式を修正して、この考えを実現する方法があることを見つけた。それが「二重特殊相対論」と呼ばれた。相対性を特殊にする仕掛けが、今度は二度使われるからである。
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