昨年のロシアによるウクライナ侵攻から1年半が過ぎましたが、いまだ決着のめどが立ちません。ウクライナの反転攻勢も狙い通りの成果が上がりません。ゼレンスキー大統領は19日、国連で演説し、各国の理解と支援を求めました。こうした膠着状態の裏で周辺国の明暗がはっきりしてきました。米国の一人勝ちに対して、中国の劣勢が顕著となっています。(『 マンさんの経済あらかると 』斎藤満)
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※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2023年9月22日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
ウクライナ戦争に勝敗の目途立たず
今回のウクライナ戦争、初めから不自然な戦争でしたが、ロシアもウクライナももう1つ決め手に欠けています。
ロシアは親ロシア地域の救済を超えてウクライナ全土を攻める大義がなく、世界の批判を招き、経済の疲弊も見えます。
ウクライナもNATOが戦争の矢面に立ちたくないだけに、中途半端な反転攻勢にとどまり、混乱が長引くばかりです。ウクライナ国民の「敗者」は明白ですが、「勝者」は見えません。
攻めているだけのロシアには「負け」がないとしても、勝てない侵攻のまま終わるわけにはいきません。ウクライナも単独ではロシアに劣勢ながら、NATOの支援があり、NATOも簡単には引き下がれません。
ロシア、ウクライナともに国民に「成果」を示すものをもって停戦交渉に持っていくしかありません。いずれもそのための「有利な条件」を模索しています。
米国の一人勝ち
その中で、米国の「一人勝ち」が目立ちます。
戦争当事国はもとより、その影響を受ける多くの国が、エネルギーや穀物の供給減、価格高騰に苦しみ、経済の悪化を余儀なくされています。
欧州ではロシア産ガスの供給減でドイツ経済が大きな打撃を受けました。アフリカや途上国でも食糧難、物価高で経済が悪化しています。
その中で米国だけがウクライナ戦争の恩恵を大きく受けていて、あたかも「一人勝ち」の様相です。
昨年の戦争開始以来、米国の武器産業はクラスター爆弾やダーティ・ボムの在庫整理ができただけでなく、武器弾薬の生産が高まり、フル操業と言います。そのすそ野産業も潤い、雇用、所得増につながっています。
さらに欧州でロシアからの天然ガスの供給が減った分、米国がシェールガスの生産を増やして肩代わりし、今年は天然ガスの輸出でもカタールを抑えて世界一の座を奪いそうです。石油についてはすでに米国が世界一の産油国になっていて、ウクライナ戦争を機に、米国は世界一のエネルギー生産、供給国にのし上がりました。農産物の生産輸出も好調です。
ウクライナ特需に湧く米国
この「ウクライナ特需」もあって、米国は旺盛な需要を獲得、FRBの急激な金融引き締めの中でも高い成長を維持しています。
金融引き締めの影響が懸念された今年の成長率は、1-3月の年率2%成長のあと、4-6月も2.1%と、長期トレンド成長率と目される1.8%を超える成長を続けています。さらに、アトランタ連銀の「GDPナウ」によると、この7-9月はここまでのでデータで推計すると年率4.9%成長に加速していると言います。
ウクライナ戦争の「裏の勝者」は米国と言えそうです。
Next: 敗者は中国。米英の「軍産系」もそろそろ停戦の準備に入った?
米英の「軍産系」もそろそろ停戦の準備に入った?
もともとウクライナの親ロシア地域を不安に陥れ、ロシアをウクライナにおびき寄せたのが米英の軍産系とも世界支配層ともいわれています。実際、軍産系は明らかにこの戦争で利益を得ていて、戦争をいつまでも続けるインセンティブを持っています。
またバイデン大統領は息子のハンター氏とともに、ウクライナで地位を利用した利益を得たとの疑惑があり、これを守ってくれるゼレンスキー大統領を支援する必要があります。
しかし、来年の大統領選挙で負ければ、共和党はウクライナ支援を縮小する可能性があり、バイデン親子の秘密保持も怪しくなります。
このため、現政権はその前にウクライナ優勢の形に持って行き、その下で西側主導の停戦交渉を考えている節も見えます。
それが最近打ち出したウクライナへの10億ドルの追加支援です。ウクライナの反転攻勢を強化し、プーチン大統領に打撃を与えれば、停戦交渉が有利に展開できるとの算段です。
中国が敗者
この米国と対照的に、中国の「負け」が濃厚となっています。
西側によるロシアの金融機関制裁、つまりSWIFTからの排除は、中国に大きな衝撃を与えました。中国は実質的にドルリンクの経済で、ドル調達の道を閉ざされれば経済は窒息死します。中国が台湾進攻に出れば、米国が中国の金融機関をSWIFTから排除するリスクを強く感じたはずです。実質的に台湾進攻が困難になりました。
それだけではありません。実質ドルリンクの中国は米国の金融政策に合わせなければなりませんが、米国の急激な金融引き締めは大きな負担になります。ドル金利に合わせて利上げをしないと、中国の資金は米国など海外に流出し、人民元が下落します。
しかし、現在の中国は不動産バブルの実質崩壊、地方債務の膨張で引き締めどころではありません。
実際、逆に部分的な利下げ、預金準備率の引き下げなどを余儀なくされ、人民元は1ドル7.3元の危機ラインを超えました。それだけ資金が流出し、意図せざる金融引き締めが起きています。政府は強烈な資本規制で資金の流出を抑制せざるを得なくなっています。中国の経済があまりに弱まると、習近平政権が揺らぎ、米国の中国に対する「新冷戦」が維持できなくなります。
このため、日銀に圧力をかけ、金融緩和を維持して中国を支援するほか、FRBもインフレ抑制の利上げに手加減するようになりました。弱すぎる中国では利用価値が下がるためです。
Next: ロシアも敗者。ウクライナ戦争をきっかけに世界で地殻変動が起きている
ロシアもトルコに裏切られた
ウクライナ戦争の決着はつきませんが、ロシアも実質的には敗北と言えます。
ウクライナ東部の親ロシア地域の奪回とウクライナのNATO加盟阻止が直接的な狙いでしたが、NATOの東進阻止には失敗しました。トルコのエルドアン首相に裏切られた感があります。
NATOに加盟するトルコのエルドアン首相はプーチン大統領と近く、NATOとロシアの橋渡しの役割を果たしていましたが、そのトルコがスウェーデンのNATO加盟を認めてしまいました。ロシアには大きな打撃で、NATOが東側に拡大してロシアを脅かす形になります。ウクライナを抑えているすきにスウェーデンのNATO加盟を許してしまいました。NATOの東進を許したという点で、これはロシアの敗北です。
ウクライナ戦争膠着の裏で米国が微笑み、中国の地位が低下していますが、そのほかではインドが中国に変わって影響力、存在感を高め、イランがかつてのペルシャ帝国を、トルコがかつてのオスマン帝国の復活を目指して台頭しつつあります。
ウクライナ戦争の裏で、世界では大きな地殻変動が起きています。
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