先月末、金価格はついにグラム1万円を付けました。天秤の片方に金1グラムを乗せ、反対側に1万円札を乗せてバランスするようになったことになります。17世紀にオランダで新種のチューリップの球根1つで家が1軒買えた「チューリップ・バブル」を彷彿させます。グラム1万円の金は「バブル」の再来でしょうか。(『 マンさんの経済あらかると 』斎藤満)
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※有料メルマガ『マンさんの経済あらかると』2023年9月15日号の一部抜粋です。ご興味を持たれた方はこの機会にバックナンバー含め今月すべて無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:斎藤満(さいとうみつる)
1951年、東京生まれ。グローバル・エコノミスト。一橋大学卒業後、三和銀行に入行。資金為替部時代にニューヨークへ赴任、シニアエコノミストとしてワシントンの動き、とくにFRBの金融政策を探る。その後、三和銀行資金為替部チーフエコノミスト、三和証券調査部長、UFJつばさ証券投資調査部長・チーフエコノミスト、東海東京証券チーフエコノミストを経て2014年6月より独立して現職。為替や金利が動く裏で何が起こっているかを分析している。
20年で金価格は6.5倍
この20年でみると、日本の物価が安定を維持したのに対して金価格が大きく上昇しました。
日本の消費者物価は2002年から22年までの20年で都合7%、年率0.3%の上昇にとどまっています。
その一方で金価格は、20年前は1オンス400ドル、1グラム1,500円だったのが、足元では1オンス1,900ドル、1グラム1万円と大きく上昇しています。ドル価格では5.5倍、円価格では6.5倍となっています。
1グラムの金の粒に1万円の価格がつく事態は、チューリップの球根1つで家が買える状態に近いイメージがもたれ、「金バブル」を連想させますが、「バブル」下でよく見られた「借金をして買う」状況とはやや異なります。17世紀のオランダでは借金をして翌年の球根の買い付け(先物買い)をしていましたが、今日の日本ではそこまでバブってはいません。
特に、ドル価格ではこの3年ほどオンス1,800ドルから2,000ドルのレンジ内にあり、価格の急騰は2000年代に見られただけで、この10年でも2,000ドルを付けた後調整も見られ、横ばい圏の動きとなっています。
その中で日本での価格上昇が速かったのは、為替が円安となったことと、日本の価格が海外相場よりも高い二重相場になったこともあります。1990年前後の借金付き狂乱バブルとは状況が異なります。
日本価格高の背景
今日の金価格には「日本プレミアム」がついています。
海外価格を円表示すると、12日時点のオンス(31.1グラム)1,920ドル、1ドル146.7円で換算すると、1グラム9,050円あたりとなります。しかし、日本での買値は1グラム1万20円となっています。前の週には一時グラム10,105円を付けました。
海外に比べて日本での金価格上昇が大きい裏には、為替が円安になっていることと、「日本プレミアム」がついているためとみられます。
為替の説明は不要と思いますが、2012年の民主党政権末期には1ドル70円台まで円高が進んでいましたから、この10年でドル円は2倍になりました。それだけで金価格は2倍になります。
また、金には金利がつかないので、高金利時には高金利商品に負けます。昨年来、欧米では急速に金利が上昇したために、金は不利になり、金価格は2,000ドルを下回る水準で頭打ちになっています。この3年間はほぼ横ばいです。この間のインフレ率上昇を考えれば、実質の金価格はむしろ低下していることになります。
しかし日本ではほかの金融商品に金利がついていないので、金利の高い欧米以上に金が選好される面があります。日本では預金も国債も金利がほとんどつかないので、金融商品がインフレの下で目減りし、この間価格が上昇してインフレに強いとみられる金により大きな需要が向かいます。
日銀の超低金利策が日本でより大きな金需要を呼んでいるともいえます。
Next: 日本のゴールド価格は日銀次第?海外の金相場はまだ上がりにくい状況
海外金相場はまだ上がりにくい
今後の相場環境を見てみましょう。
金は絶対通貨の側面があり、ペーパー・マネーであるドルの裏返しの面があります。中東ではドル以上に金が「通貨」として高く評価されています。国が危機に直面した場合、ドルを持っていても海外脱出の船に乗せてもらえない可能性がある一方で、金があればどこまでも船に乗せてもらえると言います。
このため、ドルが不安な時に金が買われやすく、ドルが強いときには金需要は落ちます。そして金利が高いときには金利のつかない金よりも高金利の米国債やドイツ国債が買われやすくなります。
ここしばらくは、金利高のドル高と、高金利の国債に需要が向かいやすい分、海外での金需要は盛り上がりません。しかし、インフレの蓄積で金の実質価格が下落している分、いずれ買いが入る余地はあります。
欧米金利がピーク・アウトする局面は債券の絶好の買い時なので、これから長期金利のピークを迎えるとすれば、国債買いが有利で、金はやや遅れを取ります。
ある程度金利が下がってくると、改めて金が輝きを取り戻します。
日本の環境は年内がピーク?
海外での金相場が当面大きく動かない可能性があるだけに、日本での金価格は多分に日銀いかんということになります。
日銀の金融政策が少なくとも今後、3つのルートから日本での金相場に影響します。
まず為替のルートです。日銀が大規模緩和を続けて円安が進めば、それだけ円ベースの金価格は上昇します。あまり速いスピードで円安が進むと為替介入で円安が修正されるリスクはありますが、日銀の緩和維持で緩やかに円安が進めば、日米関係や財務省と日銀の関係がよくないだけに為替介入は難しく、金価格にはプラスです。
しかし、日銀が緩和の修正姿勢を見せると、それが円高材料となり、金価格を下げることになります。7月に日銀がYCCの弾力化に出て以来、長期金利が上昇気味で、今週は10年国債利回りが0.7%台をつけました。今後YCCやマイナス金利の撤廃から、来年には政策金利の引き上げの可能性もあり、円高となる可能性が高まります。
2つめは金の競争相手となる金融商品に金利が付くようになると、リスクを回避したい投資家が、金利のつかない金から金利のつく国債や債券にシフトする可能性があり、金利が高くなればそれだけ金に不利となります。来年利上げで円高となるとダブルパンチとなります。
Next: 日銀の政策次第?ゴールド相場はどう動くか
3つめは最後の砦、日銀まで金融引き締めに出ると、世界の市場でリスク投資が減退する可能性があり、国際商品としての金も、コモディティとしてリスク回避の売りが出やすくなります。
つまり、日銀が金融緩和を修正して利上げに転じると、これら3つのルートから金価格に下げ圧力がかかります。円での金価格は、日銀の政策いかんとなります。
YCCの弾力化も、植田総裁は「金融緩和を続けるため」と言い、緩和姿勢は変わらないとしていますが、これまでの物価や賃金の上昇を見て、日銀幹部の中にも緩和の縮小、転換を見る向きが出始めています。
日銀のインフレ見通しが変わり、2%を超えるインフレがしばらく続くと見れば、久々に金利のつく世界に戻る可能性があり、その時は金フィーバーも冷める可能性があるので要注意です。
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