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「なぜこの宇宙は存在するのか?」という究極の問いを超ひも理論で解き明かそうとした世界的ベストセラー『エレガントな宇宙』。サイエンス好きなら書名を覚えている人も多いだろう。その著者でもあり、理論物理学者でもあるブライアン・グリーンの『時間の終わりまで』が新書化された。
なぜ物質が生まれ、生命が誕生し、私たちが存在するのか。膨張を続ける「進化する宇宙」は、私たちをどこへ連れてゆくのか。時間の始まりであるビッグバンから、時間の終わりである宇宙の終焉までを壮大なスケールで描き出し、このもっとも根源的な問いに答えていく第一級のポピュラーサイエンス、その冒頭部分を紹介する。
*本記事は、『時間の終わりまで――物質、生命、心と進化する宇宙』(ブライアン・グリーン 著・青木薫 訳)から再構成してお届けします。
宇宙の法則は数学の言葉でできている?
「僕が数学をやるのは、いったん定理を証明してしまえば、その定理は二度と揺るがないからだ。永遠にね」。シンプルでズバリ核心を突いたその言葉に、私はハッとした。当時私は大学の二年生で、心理学の課題として、人間の動機というテーマでレポートを書いていた。そのことを、長年にわたり数学のさまざまな分野について教えてもらっていた年上の友人に話したのだった。彼のその返答は、私を一変させた。
私はそれまで、数学のことを多少なりともそんなふうに考えたことはなかった。私にとって数学とは、平方根や、ゼロによる割り算といったトピックを面白がる奇妙なコミュニティーで行われる、抽象的な正確さを競う不思議なゲームだった。ところが、彼の言葉を聞いたとたん、歯車のようなものがカチリと噛み合った。「そうか、それが数学のすごさなんだ」と私は思った。

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論理と公理に拘束された創造性の指し示すところに従い、さまざまな概念を操作したり組み合わせたりすることで、揺るぎない真実があらわになる。ピタゴラス以前から描かれ、遠い未来にも描かれるであろう直角三角形のすべてが、ピタゴラスの名前を冠した有名な定理を満たすのだ。例外はひとつもない。
もちろん、前提を別のものに取り替えて、バスケットボールの表面のような曲面上に描かれた三角形といった新しい領域を探ることはできるし、そんな領域ではピタゴラスの結果は成り立たない。しかし、前提をひとつに定めれば、そして自分の仕事にミスがないことをきちんと確かめ、再度確かめ直すなら、あなたが得た結果は永遠に残る。高い山に登ったり、砂漠をさまよったり、地下世界を征服したりする必要はない。あなたは机に向かって椅子に掛け、紙と鉛筆、そして透徹した頭脳を使って、時間を超越した何かを作ることができるのだ。
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この見方は、私の世界を大きく広げた。それまで私は、自分はなぜ数学や物理学に心惹かれるのだろうかと考えたことはなかった。問題を解くのは前々から好きだったし、宇宙がどうやってできたのかも知りたかった。しかし今や私は、自分が数学と物理学に心惹かれるのは、これらの分野は、儚い日常を超越しているからだと納得がいったのだ。
若者らしい感受性ゆえに数学と物理学にのめり込んだ面もあったかもしれないが、私は突如として、あまりにも基本的なので永遠に変わりようがない洞察を得る旅に参加したいという自分の思いにはっきりと気がついた。政治体制の浮き沈みも、ワールドシリーズの勝敗の行方も、映画やテレビや舞台で評判の作品も、なるようになればいい。私は生涯をかけて、何か超越的なものを垣間見たいと思ったのだ。
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扉を開いた「1冊の本」との出会い科学は、人間が死を恐れるがゆえに発展した
その間も、私はまだ心理学のレポートにてこずっていた。その課題の狙いは、人類はなぜ諸々の営みに取り組むのかを説明する理論を作ることだったが、いざ何か書こうとすると、そのテーマはあまりにも漠然としすぎているような気がしたのだ。
もっともらしく聞こえるアイディアをそれらしい言葉で書き綴れば、不出来なレポートでもそれなりに取り繕えるだろう。私は寮で夕食を摂っているときに、ふとそんなことを口にした。すると、ひとりのレジデント・アドバイザー[アメリカの大学で、学生寮の監督にあたり、寮生の生活をサポートし、相談にも乗ってくれる人]が、オズワルド・シュペングラーの『西洋の没落』を読んでみたらどうかと勧めてくれたのだ。ドイツの歴史学者にして哲学者でもあるシュペングラーは、数学と科学のどちらにも長年興味を持ち続けた人物で、レジデント・アドバイザーがその本を薦めてくれたのも、まさにそのためだったに違いない。

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その著作については毀誉褒貶があり、その原因となった部分はたしかに大いに問題があるし、悪質なイデオロギーを支えるために利用されもしたが(シュペングラーの本は、西洋の政治的な内部崩壊を予言したとしてもてはやされたり、暗にファシズムを擁護しているとして非難されたりした)、私は問題意識があまりにも狭すぎたせいで、そのあたりのことは何ひとつ記憶に残っていない。
そのかわりに私が興味を引かれたのは、大きく異なるさまざまな文化を縦断して存在する「隠れたパターン」をあらわにするための、包括的な一組の原理があるというシュペングラーの構想だった。
その隠れたパターンは、物理学と数学の知識を一変させた微積分やユークリッド幾何学によって詳しく記述されたパターンと本質的に同じだった。シュペングラーは私と同じ言葉を話していたのだ。歴史について書かれたものが、数学と物理学を進歩の典範として称揚するのも興味深く思われた。
しかし、私が心底驚かされたのは、その本の少し後ろのほうで現れる次の言葉だった。「人間は、死を知る唯一の生物である。生物はすべて老いるが、人間以外の生物は、その生物にとっては永遠のように見えているに違いない瞬間だけに限定された意識を持って老いる」のであり、自分はいずれ死ぬという、人間だけが持つ知識ゆえに、「死に直面して、本質的に人間だけのものである怖れ」が、おのずと立ち現れるのである、と。そして、シュペングラーはこう結論づけた。「すべての宗教、すべての科学研究、すべての哲学は、その怖れに由来する」。
私はこの一行を熟読したのを覚えている。そこには人間の動機に関するひとつの考えが示されており、私にはその考えが妥当なものに思われた。
数学の証明に魅力があるのは、それが永遠に成り立つからなのかもしれない。自然法則が心に訴えかけるのは、それが時間を超越した特性を持つからなのかも。では、時間を超越したものの探究、永遠に保たれるかもしれない特質の探索へと、われわれを駆り立てているものはいったい何なのだろう? もしかすると、人は時間を超越していないということ、人生には限りがあることをわれわれは知っているということが、すべての始まりなのだろうか?
この考えは、少し前に気づいたばかりの、数学と物理学と永遠の魅惑に関するひとつの見方と響き合って、ずばり的を射ているように思われた。それは、誰もが知っている死というものへの当然の反応に基礎づけられた、人間の動機を理解するためのひとつのアプローチだった。それは、思いつきのような間に合わせのアプローチではなかった。
シュペングラーの引き出した結論について考えるうちに、私にはそれが何かもっと壮大なことを述べているような気がしてきた。シュペングラーが言うように、科学は、人生はいずれ終わると知ってしまったことへのひとつの反応なのだろう。宗教と哲学もまた、そんな反応なのだろう。しかし、科学と宗教と哲学だけなのだろうか。
フロイトの初期の弟子で、人間の創造のプロセスに興味を持っていたオットー・ランクに言わせれば、それだけのはずがない。ランクの見るところ、芸術家とは創造への衝動を持つ者であり、「その衝動は、儚い人生を永遠の命に変えようとする試み」だった。ジャン=ポール・サルトルは、そこからさらに進んで、人間が「自分は永遠に存在し続けるという幻想を失うとき」、人生そのものから意味が失われると述べた。

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そうだとすれば、これらの思想家たちや、彼らに続く他の思想家たちに通底するのは、芸術の探究から科学の発見まで、人類の文化のかなりの部分は、限りある生命の本性について思索する生命によって駆動されているという考えだ。
これは、うかつに答えの出せる問題ではなかった。数学と物理学の幅広い領域に夢中になっているうちに、ふと気がつけば、生と死の奥深い二重性に駆り立てられた人間文明の統一理論などという考えにはまり込もうとは、誰が予想しただろう?
次ページ:私たちに割り振られた時間には限りがある衰退を運命づけられた宇宙と、われわれが生きる意味
さてさて、少々気持ちが高ぶってしまったようだ。大学二年生だった大昔の自分に対し、ちょっと頭を冷やせと忠告すると同時に、今の私もここらで一息入れるとしよう。とはいえ、あのとき私が感じた興奮は、天真爛漫な一過性の知的驚きなどではなかった。
あれから四〇年近い時間が流れたが、これらのテーマは、意識にのぼることさえない小さな炎のゆらめきのように、つねに私とともにあった。日々の仕事は、物理学の統一理論と宇宙の起源を解明することだが、科学の進展のより大きな意味に思いをめぐらすうちに、ふと気がつけば、われわれひとりひとりに割り振られた時間には限りがあるという問題へと、心は繰り返し立ち返るのだった。
今の私は、科学者として身につけてきた態度と、持ち前の気質のために、すべてを説明する答えがひとつだけあるという考えに懐疑的だ――物理学には、力を統一すると称して発表された理論の屍が累々と転がっている。
人間の行動という複雑な領域に大胆にも踏み出すなら、すべてを説明する答えがひとつだけしかないとは、さらに考えにくい。実際、私の場合についていえば、自分がいずれ死ぬという知識には一定の影響力があるにせよ、私の行動のすべてがそれで説明できるわけではない。それと同じことは、多かれ少なかれ誰にでも当てはまるだろう。それでも、人はみな死ぬという知識が、さまざまな方面に触手を伸ばしているのは間違いないし、実際、その触手がとくに鮮明に見て取れる領域がひとつあるのだ。
さまざまな文化と時代を通じて、われわれは永久不変であることに絶大な価値を与えてきた。価値を与えるやり方は、それこそ人それぞれだ。絶対的真理を探し求める者もいれば、不朽の遺産を残そうとする者や、壮大な記念碑を建設する者もいるし、不変の法則を追究する者もいれば、後世に残る何かを生み出すことに情熱を傾ける者もいる。そんなことに取り憑かれたように取り組む人たちを見るなら、永遠性は、自分の身体がいずれ滅びることを意識する人たちに、強い引力を及ぼしているのは明らかだろう。
われわれの時代には、実験、観察、そして数学的解析という装備を手にした科学者たちが、未来へと向かう新たな道を切り開いてきた。その道は、歴史上はじめて、宇宙の終わりの顕著な特徴を、遠くからではあるけれど、望ませてくれた。霧や霞がかかってあちこちぼやけてはいるが、その眺望のおかげで、思考する生物であるわれわれが、壮大な時間の流れのどのあたりにいるのかを、かつてないほど正確に知ることができるようになった。
そこで本書では、衰退を運命づけられた宇宙の内部に、星と銀河から生命と意識まで、さまざまな秩序構造をもたらす物理原理を見ていきながら、宇宙の年表に沿って未来へと向かうことにしよう。

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人の寿命は限られているが、宇宙における生命と心という現象もまた、限られた時間しか存在しないことを明らかにする議論も見ていこう。実のところ、ある時点から先には、組織化された物質は存在できそうにない。それがわかれば、内省する生物である人間は、どうしたってのんきではいられない。その不安に対し、人がどう向き合うのかも見ていこう。
われわれ人間は、われわれが理解する限りにおいて時間を超越している法則から生じたにもかかわらず、人間がこの宇宙に存在できる時間は短い。われわれは、目的地がどこであろうと頓着しない法則に導かれているにもかかわらず、自分たちはどこに向かっているのかとたえず自問する。われわれは根本的な理由など気にしない法則によって形づくられているにもかかわらず、意味と目的を執拗に欲しがる。
要するに、時間の始まりから、終末といえそうな何かに至るまで、宇宙を詳しく見ていこうというわけだ。そして、休みなく活動する創意に満ちた頭脳が、万物の根本的なはかなさを明らかにし、そうして明らかになった事実に対し、驚くべき応答をする様子も見ていこう。
この探究の旅を導いてくれるのは、さまざまな科学分野で得られた洞察だ。読者のみなさんには、わずかばかりの背景知識があれば大丈夫。旅に必要なことはすべてアナロジーとメタファーを使って説明するし、専門用語は使わない。とくに難しい概念については、みなさんが道に迷わず旅を続けられるよう、ざっくりと要点を説明しよう。巻末には詳しい説明や数学的詳細を与える。参考文献と、さらに知りたい人のための読み物ガイドもつけよう。
テーマが壮大でページ数は限られているので、私は細い道を行くことにした。大きな宇宙の物語の中で、今どのあたりにいるかを押さえておくために重要だと思われる分岐点では、立ち止まって一息入れるとしよう。ここに語られるのは、自然科学を原動力とし、人文科学に意義づけられた旅であり、われわれを豊かにしてくれる気概にあふれたひとつの冒険の源泉である。
(翻訳:
青木 薫)
※次回はこちら
時間の終わりまで――物質、生命、心と進化する宇宙
進化する宇宙の中で、ほんの束の間、まったく絶妙な瞬間に存在する私たち人間を基点に、時間の始まりであるビッグバンから、時間の終わりであるこの宇宙の終焉までを、現代物理学の知見をもとに、「存在とは何か」という根源的な問いから描き出す。第一級のポピュラーサイエンス!
貼り付け終わり、
2023.05.30
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