ゼレンスキー大統領の電撃来日もあり、世界中の注目を集めることだけには成功したG7広島サミット。しかしそもそもG7は、21世紀の国際社会において重要な役割を果たすに足る枠組みと言えるのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、「G7が世界の問題を解決できると思うこと自体が幻想」と一刀両断。その枠組はもはや20世紀の遺物との厳しい見解を記しています。
※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年6月5日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)氏
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
西側のみが世界の問題を解決できるという幻想。もはや異物と化したG7にしがみつく日本
岸田文雄首相が精一杯に演出を盛り上げて、あわよくば会期末解散への踏み切り台にしようとまで企んだG7広島サミットだったが、何ら目覚ましい成果をあげることもなく終わった。もし岸田が本気でウクライナ戦争の泥沼化に歯止めをかけるつもりであれば、ゼレンスキーだけでなくプーチンも呼んでその場で停戦交渉を始めさせるくらいの芸当が必要だったろう。しかしそんなものは何もなく、「ウクライナ支援」と「ロシア非難」の合唱を繰り返しただけだった。
他方、せっかく広島を会場に選んだのだから、「核なき世界」への覚悟を世界に示す機会にすることを被爆者はじめ国民も期待したけれども、原爆資料館の見学の様子さえ非公開にしなければならないのほどのズッコケぶりで、被爆者たちを怒らせてしまった。
おそらく岸田には、国民も世界も目に入っておらず、ひたすら米国のご機嫌を伺って、バイデンが旗を振る「西側先進国=民主主義国vs東側共産陣営=専制主義国」の対立構図を際立たせ、インドやインドネシアやベトナムなど地域の有力国をロシア・中国の影響から引き離そうと図ったのだろうが、そもそも21世紀の今日では、「西側」というものが存在せず、「先進国」の観念も半ば崩壊しているし、そうであれば「東側」もまた存在せず、ロシア、中国、北朝鮮など元と現の共産国が1つの陣営を成して西側に挑んでくるといったこともない。
しかも冷戦最中の1970年代半ばにG7が始まった時には、その経済規模は世界の7割にも達していたのに、今は4割程度までに縮んでいて、G7が協議すれば世界の問題を解決できると思うこと自体がもはや幻想なのである。
さらに、その西側の「盟主」気取りの米国は、政府債務の上限を外さないと政府自体が債務不履行に陥ってしまうという問題で議会と折り合いがつかず、一時はバイデンはサミットに来られないかもしれないとまで言われた。何とか出席はしたものの、彼は上の空で、一部の会合や晩餐会を途中退席してワシントンに電話をかけまくっていた。超大国の衰退を絵に描いたような有様だった。
G7の倍の力を持つBRICS+に殺到する加盟申請
それに代わって世界の問題を議論する場として重みを増しているのはBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字)である。米ゴールドマン・サックスの経済学者ジム・オニールが伯露印中の4カ国を勢いのある新興国の代表格としてBRICsと呼んだのが始まりで、2009年に初めて首脳会議を開き、11年からアフリカ大陸代表として南アフリカが加わったため、複数形の意味だったが南アを表す大文字に変わり、BRICSとなった。
今年の議長国は南アで、6月1日にケープタウンで開かれた外相会議では、南ア側から13カ国から正式の加盟申請があり、それ以外にも6カ国から非公式の打診がある旨が明かされ、8月の首脳会議までに加盟国拡大の指針を固めることで合意された。どのような国が加盟を望んでいるかは未公表だが、中東・アフリカではイラン、サウジアラビア、エジプト、トルコなど、アフリカではナイジェリア、セネガル、中南米ではアルゼンチン、メキシコ、アジアではインドネシア、タイ、バングラデシュ、カザフスタンなどの名が取り沙汰されている(下記の表1の「BRICS+」欄の○印を参照)。
※ 表1
2023年の予測では、名目GDPではG7合計と「BRICS+」の世界シェアは共に43%前後で並んでいるが、PPP(購買力平価)GDPでは大雑把に30%対60%と、すでにBRICS+が倍の力を持っている。
日本に目立つ「民主vs専制」という誤った二元論
この問題についての日本での解説で目立つのは、誤った「二元論」である。米国を盟主としたG7に対して、中国とロシアを中心に反米的な国々がBRICS+に集まろうとしているとしてこれを警戒すべきだという論調で、これはまさに米国=盟主という20世紀の古臭い常識から抜けきれないまま、「民主主義国vs専制主義国」という誤った図式で世界を捉えようとするものである。その実例は山ほどあるが、1つだけ挙げると、日経新聞22年7月2日付「ASIAを読む」欄でインドのスリーラム・チャウリアという教授のBRICS+についての言説を紹介した後に、同紙の小平龍四郎=編集委員が次のような解説を苦々しげに付け加えている。曰く、
▼世界第2の経済大国に上り詰めた中国は、やはり民主主義と異なる価値観を持つロシアとともに、地政学リスクを増幅し世界を揺さぶり続ける。
▼4カ国に南アフリカが加わった意義は小さくない。民主主義の考え方を共有しうる国々が有力新興国グループの中で存在感を高めたからだ。〔22年〕6月のG7サミットにはインドと南アも招待された。使いようによってBRICSは先進国が中ロを牽制する有力な枠組みになりうるだろう。
……見る通り、かつての自由主義vs共産主義、資本主義vs計画経済というイデオロギー的価値観の対立がそのまま民主主義vs専制主義に置き換えられている。G7の側に付いて米国に従順に生きていくか、BRICS+に入って中ロと交わろうとするのかは、イデオロギー的価値観の問題なのであり、そこで西側の我々としてはインドや南アなど価値観を同じくする国々を使って中ロを牽制する場としてBRICSを利用すべきである、と。つまりBRICSに手を突っ込んで民主主義vs専制主義の対立を煽ろうというわけである。
頭がおかしいとしか言いようがない。まず「民主主義」を絶対的な宗教のように語っていて、例えばインドが確かに整った普通選挙の仕組みを持っているのは事実として、その裏側ではヒンドゥー教優位の宗教差別、それとも結びついたカーストの階級差別に加えてジャーティーと呼ばれる職業差別が社会の底辺まで行き渡っていることに目を瞑って、簡単に「価値観を同じくする」などとどうして言えるのか。
そうではなくて、G7とBRICS+との関係は、20世紀的な一極覇権主義と21世紀的な多極主義との原理的な違いとして理解しなければならない。これを解説すると限りなく理屈っぽくなるので、それはまた別の機会に譲るとして、今や世界は「米国を盟主と仰ぐ国々」と「中ロを盟主と仰ぐ国々」に分かれようとしているのでなく、「まだ盟主というものがあってそれに頼っていれば安心だと思っている人々」と「もう盟主などというものはなく、問題に応じてそれに相応しい者が集って解決を図る以外に生きる道はないと考える人々」に分かれつつあるのである。組織論の次元で言えば、ピラミッド型のハードな組織がまだ有効だと思う人々と、ネットワーキング型のソフトな組織でないと役に立たないと考える人々の違いということになる。
ユーラシアの問題解決のための巨大プラットフォームに発展した上海協力機構
拡大されるであろうBRICS+は「上海協力機構(SCO)」とも重なり合い、連動することになろう。SCOは、ソ連崩壊後のロシアおよび中央アジアの3つのイスラム系共和国との治安対策のための協議からスタートし、2001年にウズベキスタンも加わった6カ国で常設機関として創立されたもので、以後は安全保障と経済建設の両面での多国間協議の場として機能している。今は正規加盟国が9に増え、さらにオブザーバー、対話パートナーなどの資格制度を通じて段階的に加盟国・準加盟国を拡大しつつあり、ユーラシア大陸全体の問題を解決するための多極的な各種の枠組みを連動させる巨大なプラットフォームに発展している。
下の表2の「BRICS+」欄の横にT、S、G、Aとあるのは、T=トルコ中心の「チュルク諸国機構」、S=インド中心の「南アジア地域協力連合」、G=サウジ中心の「湾岸協力会議」、A=インドネシア中心の「東南アジア諸国連合」の既存の地域機関のメンバーであることを示す。「多極化された世界」のイメージをここから受け取って欲しい。
※ 表2
また、参考までに、「産油国」の欄に本誌No.1178/22年10月24日号で掲載した産油国グループ分けから、a=元々のOPEC、b=ロシアを筆頭とする「OPECプラス」、c=米国など「その他1」、d=中国など「その他2」の別と、それぞれの産油量世界ランキングを示しておいた。石油の増減産などの協議は今ではOPECとOPECプラスの談合で基調が決まる。米国は産油量1位だが、「その他1」は協議体ではないので談合には加わらない。「その他2」の中国も同じである。
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こうしてみると、SCOの32カ国およびそれとかなり重なるBRICS+の23カ国の中には、産油量ランキング13位までのうち1位=米国、5位=カナダを除く11カ国が含まれている。このことが重要なのは、20世紀には米国とサウジの特殊な関係を軸に石油価格が暗に決定されたけれどもそのようなメカニズムはすでに崩れ、米国は自国産のシェールオイル&ガスを勝手に売っているだけで、世界的な役目は放棄してしまった。覇権の時代が終わり多極化が進んでいることの具体的な形がこういうところにも現れている。
なお「G20」は、BRICS+やSCOとG7とをブリッジする役割があるため記したが、そのメンバーの選び方はかなり恣意的で中途半端。ブリッジする組織を新たに構想する必要があろう。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年6月5日号より一部抜粋・文中敬称略)
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