読者からの「在中日本人サラリーマンはいつ日本に引き上げるべきか?」という質問が、無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』の著者で国際関係ジャーナリストの北野幸伯さんのもとに届きました。北野さんは中国の将来に対しての自身の見立てを語りつつ、回答しています。
在中日本人は、いつ日本に引き上げるべきか?
読者の「サラリーマンさま」から質問が届いています。
北野様
いつも明確な立ち位置からのご意見参考になります。北野様が長年住まれたロシアから日本に帰国する判断をされた時期はとても見事と感じます。
私は2011年から中国○○省に駐在して、反日デモやコロナ封鎖を経験しながら現在(上海)に至っています。振り返ってみるに、赴任当初から、いやもっと以前から「中国はバブルだ、崩壊する!」といわれ続けていましたが、駐在員の例に漏れず、自ら判断する勇気もなく、会社命令で仕事を続けてきました。幸か不幸かバブルははじけず、コロナ封鎖もめちゃくちゃいい加減な終わり方でしたが、結果、ハードランディングには至りませんでした。
しかしながら、最近景気の不調は自分の会社の業績からも感じ取れ、そろそろ引き際かとの思いが膨らんできています。会社の引き際は、日本の本社が決めることですが、私個人の引き際としてはもう少し自主性があってもいいかなと考えています。
北野様は2020年ころから中国は下り坂になると以前からおっしゃっていて、その通りになりつつあり、その見立ては敬服します。しかしながら、現在の緩い下り坂の現状で、いつ引くかを判断するのはなかなか難しいですね(中国に居たほうが当然給料は良い)。
こんなダメサラリーマンの自主的判断の参考にするため、北野様のもう少し詳細な中国の将来に対する見立てをご教示いただけませんでしょうか。都合のいい質問で恐縮ですが、よろしくお願いいたします。
未来は完全に決まっているわけではありません。それで、もちろん私にも100%はわかりません。わかる範囲でお答えさせていただきます。
国家ライフサイクルから見る中国
サラリーマンさまは、メールの中で、
北野様は2020年ころから中国は下り坂になると以前からおっしゃっていて、その通りになりつつあり、その見立ては敬服します。
と書かれています。昔からの読者さんは、ご存知でしょう。私は、2005年に出版した一冊目の本『ボロボロになった覇権国家アメリカ』から、一貫して「中国の高成長は2020年まで」と書いてきました。これは、何でしょうか?「国家ライフサイクル」でみたのです。詳しく書くと長くなるので、超簡単に。
ある国のある体制は、
・前の体制からの移行期(=混乱期)→成長期(前期と後期がある)→成熟期→衰退期
と進んでいきます。移行期(=混乱期)は、二つの条件が整うと成長期に入ります。その条件とは、
・政治が安定すること
・リーダーがまともな経済政策を行うこと
戦後の日本は、1950年に始まった朝鮮戦争の特需で復活を開始しました。それから、1990年まで40年間成長期だったのです。
中国は、どうでしょうか?1949年に中華人民共和国が成立。一応、政治は安定しました。しかし、毛沢東は、究極の経済音痴だった。「大躍進」とか「文化大革命」とか、わけのわからない政策で、民を大いに苦しめました。毛沢東が死んだのは1976年。その後トウ小平が実権を握り、改革を宣言したのが1978年12月。中国が成長期に入ったのは、ざっくり1980年からでしょう。
以後中国は、完全に「日本から30年遅れ」で進んできました。検証してみましょう。
・日本1960年代、「安かろう悪かろう」で急成長
・中国1990年代、「安かろう悪かろう」で急成長
・日本1970年代、「世界の工場」になる
・中国2000年代、「世界の工場」になる。
・日本1980年代、「ジャパンアズナンバー1!」「日本がアメリカを超える」と誰もが思い始める
・中国2010年代、ほとんどの人が「中国がアメリカを超える」と思い始める
問題は、ここからです。
・日本1990年代、「暗黒時代」に突入
そうなると、中国は?
・中国2020年代、「暗黒時代」に突入
と予測することができたのです。
繰り返しますが、私が「中国の高成長は2020年まで」と書いたのは、15年前のことです。予想通りにきたのですが、これからどうなるのでしょうか?
これからの中国を見る三つの視点
もう少し細かく中国の未来を見てみましょう。
一つ目の視点は、「国家ライフサイクル」です。中国は、2020年に成長期を終え、成熟期に入りました。どんな国も、永遠に高成長をつづけることはできません。中国は、「国家ライフサイクル」で「低成長の時代」に入ったのです。
二つ目の視点は、「人口」です。中国の人口は2022年、前年比で85万人減少しました。中国の人口が減少するのは、およそ60年ぶりのこと。そしてこの国は、1979年から2014年まで「一人っ子政策」をしてきたことで知られています。それで、今後人口減少のスピードは加速していくことでしょう。2050年になると、インドの人口は16億人、中国の人口は13億人になると予想されています。人口が減少すると、経済成長は難しくなっていきます(@不可能ではないですが)。
三つ目の視点は、「人的要因」です。日本が「暗黒の30年」になったのは、「人災」の面も大いにありました。具体的にいうと、「3度の消費増税が暗黒時代を長引かせた」。
1997年に消費税を引き上げなければ、「暗黒の10年」はなかったでしょう。2014年に消費税を引き上げなければ、アベノミクスは成功したでしょう。2019年に消費税を引き上げなければ…。これは、翌年「新型コロナパンデミック大不況」がはじまったのでよくわかりませんが。
日本の長期低迷は、「国家ライフサイクル」プラス「人災」だったことがわかります。実際、日本のここ30年の経済成長率は、いわゆる成熟国家の中でももっとも低いのです。
だから、中国政府も「正しい経済政策」をすることで、成長をつづけることができるのでは?
そのとおりです。そして、正しい政策によって、高成長とはいわないまでも、そこそこの安定成長をつづける可能性はある。ただ、現時点で、それはないでしょう。なぜ?習近平は、中国経済に奇跡的成長をもたらしたトウ小平を軽視しています。一方、中国国内に混乱と大量死をもたらした毛沢東を信奉している。この「妄信」は、政策に影響を与え、中国経済に混乱をもたらしています。
習近平の迷言といえば、「マンションは住むものであって、投機するものではない」です。絶対独裁者がこんなことをいえば、不動産バブルがはじけるのは当然でしょう。
日本のバブルは、1990年3月大蔵省が決めた「総量規制」でつぶされました(人災)。中国では、国家主席自身がその言葉によってバブルを崩壊させているのです。いわゆる2021年9月の「恒大ショック」です。
というわけで、経済音痴の習近平がトップの間、中国経済は日本の後を追っていくと見られます。そして経済音痴の習近平は、「終身国家主席」をねらっているのでしょう。
・国家ライフサイクル
・人口減少
・経済音痴な習近平
この三つの理由で、中国経済の未来は暗いと思います。
台湾ファクター
さて、サラリーマンさんは、いつ日本に引き上げるべきなのでしょうか?
国家ライフサイクルで、中国の2020年代は、日本の1990年代にあたります。投資家であれば、「引き時」というのが正しい判断でしょう。
しかし、たとえばアメリカから1980年代半ば、日本に派遣された会社員だったら?1990年初めにバブルが崩壊したらからといって、アメリカに急いで帰る必要はあったでしょうか?私は、なかっただろうと思います。だから、「何もなければ」サラリーマンさんがいそいで中国から日本に引き上げる必要はないと思います。
しかし、中国には、日本と違う事情が一つあります。それが、台湾問題。現状中国は、来年1月に行われる台湾総統選挙で、反中の民進党ではなく、親中国民党を勝たせようとしている。つまり、武力侵攻ではなく、
・親中国民党を勝たせる
・住民投票を行わせる
・台湾の「民意」によって平和裏に統一する
という「世論工作中心」の動きを重視するようになっています。しかし、反中の民進党候補が勝利して、独立の動きを強めれば、習近平は台湾侵攻を決断するかもしれません。そういう動きがあれば、迷うことなく帰国されることをお勧めします。
中国在住サラリーマンさんにお勧めしたいこと
ここからは中国在住サラリーマンさんにお勧めしたいポイントを挙げておきます。
まず、すでに「日本に引き上げたいと思われている」場合、会社と交渉することをお勧めします。
「2011年から、もう12年も中国に駐在しています。そろそろ日本に戻してください」と。
しかし、「まだ中国にいてもいい」と思われている場合は、焦って動かないことをお勧めします。中国経済は、すでに低成長時代に突入していますが、それでも14億人の巨大市場であることに変わりはありません。
ただし、情勢が変化し「台湾侵攻」が起こった場合、即座に引き上げてこられるよう、会社にも今から根回ししておきましょう。
注意したいのは、「戦争は突然起きる」ということです。なぜかというと、「相手が十分な準備を整える前に叩いてしまおう」と考えるからです。
しかし、情報時代ですから、中国の意図を隠し通すことはできません。ウクライナ侵攻についても、アメリカとイギリスの諜報は、正確な情報をつかんでいて、ゼレンスキーに警告していました。
中国についても、台湾侵攻の意図を隠しつづけることはできないでしょう。ただ、日々情報をウォッチしている必要はあります。
というわけで、サラリーマンさんが、ベストなタイミングで祖国日本に戻ってられるよう祈念しています。
(無料メルマガ『ロシア政治経済ジャーナル』2023年5月29日号より一部抜粋)
image by: Robert Way / Shutterstock.com
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