今やメディアで「当然に、しかも近々」勃発するかのように伝えられる、中国による台湾への軍事侵攻。プーチン大統領がウクライナ戦争で国際社会から猛烈な批判を受ける中にあって、習近平国家主席がそのような「暴挙」に出る可能性はあるのでしょうか。今回のメルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』ではジャーナリストの高野孟さんが、「台湾有事切迫論」を一蹴。さらに岸田首相の軍拡路線を、架空の前提に基づく大愚策とバッサリ斬っています。
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※本記事は有料メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年5月29日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
プロフィール:高野孟(たかの・はじめ)氏
1944年東京生まれ。1968年早稲田大学文学部西洋哲学科卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。同時に内外政経ニュースレター『インサイダー』の創刊に参加。80年に(株)インサイダーを設立し、代表取締役兼編集長に就任。2002年に早稲田大学客員教授に就任。08年に《THE JOURNAL》に改名し、論説主幹に就任。現在は千葉県鴨川市に在住しながら、半農半ジャーナリストとしてとして活動中。
岸田軍拡の無理筋。「台湾有事切迫論」という大嘘に基づき国の行方を誤る大愚策
前号で「野党第一党の腑抜けの原因の第2は、米日好戦派から繰り出されてくる『中国脅威論』『台湾有事切迫論』の心理操作に対して、この党が戦えないどころか、完全に巻き込まれてしまっていることにあるが、これは話せば長いことになるので別の機会に譲る」と述べた。その後、鹿児島の護憲平和フォーラムの集会で「台湾有事切迫論の嘘に惑わされるな」と題して講演したので、その中で前号と重ならない部分を中心にしつつ若干の補充を加えた要旨を採録する。
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世間知らずの軍人の妄想でしかない台湾有事切迫論
台湾有事が切迫しているかの言説が突如として噴き上がったのは、フィリップ・デビッドソン=前インド太平洋軍司令官が21年3月に米上院軍事委員会の公聴会で、中国の台湾軍事侵攻について「この10年以内、実際には今後6年の内にその脅威が現実のものとなると私は思う」と発言したのがきっかけである。
〔原文:Taiwan is clearly one of their ambitionsbefore that, and I think the threat is manifestduring this decade, in fact, in the next sixyears.〕
この発言は、「今後6年以内」と予測期限を明示したことが新鮮で、米日のメディアが大々的に報道して話題になった。しかし、その公聴会の記録を見ても、彼はなぜ「6年以内」なのかの理由を示しておらず、また居合わせた上院議員からもそこを確かめようとする質問は出ていない。その後、同発言の波紋が広がる中で記者団から度々問われて彼が言ったのは、「22年秋の党大会で3期目の続投を決める習近平総書記が、さらに4期目に繋ごうとするのが27年だ」ということだった。また、デビッドソン本人がそれを口にしたかどうか本誌は未確認だが、他の米軍幹部の言葉として「27年は中国人民解放軍創建100周年に当たる」という“節目感”も漏れ伝わっている。
ご冗談でしょう!と言うほかない。確かに慣例を破って3期目、さらに4期目まで計20年間もの長期政権を目指すという無理を重ねるよりも、上手に次代、次々世代の後継者を育てて席を譲り大長老として悠々と国の行末を見守ろうとする方が遥かに賢明な選択ではないかと私も思うけれども、そうかと言って、習4選が、中国と台湾の兵士のみならず市民が何万、何十万と犠牲になり、中国のみならず世界の経済に破滅的な打撃を与えるであろう「戦争」を敢行することなしには達成できない難関事と決めつける極端な判断が、一体どこから出てくるのか。全世界の最優秀の中国研究者を100人か1,000人集めてアンケートを取っても、この判断に賛成する者は皆無だと断言してもよく、つまりこれは軍事には明るいかもしれないが国際政治や中国事情は何も知らない世間知らずの軍人の妄想に過ぎない。
増してや、習が「人民解放軍100周年だから、一つこの辺で戦争を起こそうか」と思うかもしれないと想定するのは、ほとんど狂気の沙汰で、そんなことで戦争が起きた例は世界史上に皆無である。
絶対に起こらない27年の中国による台湾軍事侵攻
ペンタゴンに直結するシンクタンク=ランド研究所の上級防衛分析官であるデレク・グロスマンが、Nikkei Asia 22年11月16日付寄稿で「11月14日、バリ島でのG20首脳会議に先立って習近平主席と会談したバイデン大統領は、会談後『中国側には、台湾に侵攻しようといういかなる差し迫った企図(imminent attempt)もないと、私は思う』と述べた」と指摘している。
また彼は習の党大会報告の台湾に言及した個所について、
「多くの国際的メディアの報道とは反対に、先月の大会では習近平は台湾の問題では全くもって控えめで、激するところはなかった。習は、8月のペロシ米下院議長の訪台などを念頭に『外部勢力による目に余る挑発的な干渉』を非難したが、台湾当局そのものを非難することを避け、むしろ1つの中国の前提の下での政治的交渉の可能性への期待を残しておくよう心がけた」
「北京は少なくとも2024年1月の総統選で親中的な国民党が蔡英文の民進党に勝つかどうかをじっくり見極めようとするだろう」
と述べている。私の習報告の台湾関係部分への評価も同じだし、台湾の友人らも同意見で「蔡英文政権は不人気で行き詰まっており、ペロシ来訪などバイデン政権の対中国刺激作戦に乗って緊張感を高めることで人気回復しようとしたがダメ。24年の総統選挙ではほぼ確実に国民党が勝つ。国民党は絶対に『独立』などしないから、27年に中国の台湾侵攻など起こらない」と言っている。
フェイク情報に真っ先に飛びついた安倍・麻生
冷静に考えればデビッドソン発言の虚妄性は明らかで、
が連なると“伝言ゲーム”的な増幅が起きて、日本国民にはフェイク情報のシャワーとなってのしかかってくるのである。
それに真っ先に飛びついたのは、故・安倍晋三元首相と麻生太郎副首相(当時)で、デビッドソン発言が報じられた数日後に2人で額を寄せて「これはいよいよ大変だ。台湾有事は必ず起こり、それは直ちに日本有事に波及するとの判断を情勢認識の基調に据えて、本気で防衛力の整備を図らなければならないぞ」と語り合ったと言われている。
それですっかり舞い上がったのが、佐藤正久=自民党外交部長で、『知らないと後悔する日本が侵攻される日』(幻冬舎新書、22年8月刊)の中で、
▼早ければ2027年というのが私の読み。デビッドソン司令官もそう言っている。
▼習近平が「国を強くしたね」と国民から認められるには、台湾の統一が一番。少なくとも離島の1つぐらいは占領しないと。
▼短期決戦に持ち込むには、私なら
と述べている。「私の読み」と言うのは明らかな嘘で、デビッドソン発言が報じられたのをいいことに「私も前々からそう考えていた」と後出しジャンケンをしているに決まっている。そうでないと言うなら、「私の読み」の根拠をきちんと示さなければならない。また、中国人民は国が経済的に豊かになることを切望すればこそ軍事的に強くなることを特に望んでいない。習近平もそのことを先刻ご承知で、人々の間にまだまだ残る格差を解消し皆が安心して暮らすことができるようにするために命懸けで取り組んでいて、「離島の1つぐらいは占領しないと」国民の支持が得られないなどという稚拙なことは考えているはずがない。
さらに、中国が台湾侵攻に打って出る時には、北朝鮮とロシアにも一斉に軍事行動を起こさせるというが、中国に北やロシアにそんなことを命令できる権限はないし、要請したとしても各国はそれぞれの事情に従って国益を考慮して意思決定をするのであり、中国の旗振りで「旧共産陣営」が打って一丸、「第3次世界大戦」に突入するなどというのは、狂気じみた妄想に過ぎない。こんな、軍事・外交について幼稚園レベルの認識しか持たない似非軍人が自民党の外交政策の責任者に収まっているとはビックリ仰天である。
「台湾有事切迫論」を煽り立てるマスコミの意図的な歪曲
このような歪んだ「台湾有事切迫論」をさらに煽り立てるのはマスコミである。例えば、昨秋の党大会報告で習が「台湾統一について『武力行使を決して放棄しない。あらゆる選択肢を持ち続ける』と宣言し、台湾への関与を強める米バイデン政権と台湾の蔡英文政権を威嚇した」(読売10月17日付)などと、あたかも今回初めて武力行使を宣言したかのような、あるいは特別に武力行使を強調したかのような言い方をし、見出しにもそこを持ってくるなど扇動的な報道をする。そうすると世の評論家の類も簡単に引っかかって「習報告でいよいよ台湾侵攻の現実的な可能性は強まった」などと言い募るのである。
しかし、その習報告を自分で読み、出来うれば前回、前々回の大会報告の該当部分と比較すれば一目瞭然だと思うが、彼は平和的統一が最善だと繰り返し述べていて、その上で、最後の方で、「しかし、いざとなれば武力行使は辞さない」との趣旨を述べてはいるけれども、それはあくまで付け足しの、毛沢東時代から変わらない常套文句であり、しかもその趣旨はあくまで「外部勢力からの干渉とごく少数の『台湾独立』分裂勢力およびその分裂活動」に向けたものであって、「決して広範な台湾同胞に向けたものではない」と、断り書きまで挟んでいる。そうしたことを全て捨象して、習報告の中に「武力行使を放棄しない」という1行を見つけてそこだけに光を当て騒ぐのは、フェアでないどころか、意図的な歪曲と言われても仕方のない所業である。
台湾有事介入で日米が犯すプーチンと同じ過ち
そもそも、中国の内戦はまだ正式には終結していない。だから中国が「いざとなれば武力行使は辞さない」という立場を維持するのは当たり前で、それは1955年5月の全人代で周恩来総理が「中国人民が台湾を解放する方法は2つある。すなわち戦争の方法と平和の方法である。中国人民は可能な条件のもとで、平和的方法で台湾の解放を勝ち取る」と述べたところまで遡る。
この当時は、まだ現実に武力衝突が頻発していて、1950年には中国軍が船山諸島と海南島を奪い、54年には大陳島と一江山島も占領(第1次台湾危機)。58年には金門・馬祖両島を巡り本格的な砲撃・空中戦が起き米国が仲裁に入った(第2次台湾危機)。さらに62~65年にかけては台湾側が「国光作戦」と称して舟艇で大陸に部隊を送り込んでゲリラ攻撃を繰り返したが、両軍が直接戦火を交えたのはこの頃まで。次に緊張が高まったのは、国民党ではあるが本省人で独立志向が強いと見られた李登輝が96年総統選で勝利する可能性が高まった際、中国が牽制のつもりで台湾沖にミサイルを撃ち込むという粗暴な振る舞いに出た時で、米第7艦隊の空母機動部隊2個が台湾海峡周辺に進出する一触即発の事態となった(第3次台湾危機)。
内戦が終わっていない以上、いつまた紛争が再燃してもおかしくはなく、その意味で「台湾有事」の潜在的可能性は今も存在している。が、中国側が「平和的統一ファースト」を事あるごとに宣言しているのはホンネで、昔も今も中国には何万何十万の人命を犠牲にしてでも全面戦争を仕掛けるゆとりなどあるはずがなく、そんなことは絶対にやりたくない。しかし、仮にも台湾側が「独立」を宣言すれば、それは中国の領土が欠損することになるので何が何でも阻止しなければならなくなる。頼むからそんなことをさせないでくれというのが、中国が常に「いざとなれば武力行使は辞さない」と言い続けていることの意味であり、そのことを台湾側も百も承知だから、「今がすでに事実上の独立状態なので、何もわざわざ『独立』を言い出して北京の武力介入を呼び込むことはない」と思い定めている。その暗黙の了解の上に両岸関係は危うく成り立っていて、その上でしかも軍事的・外交的・政治的なさまざまな駆け引きも際どく展開されるので、1つ間違えれば有事になりかねないのは事実だが、習近平が4選を達成したいからとか、人民解放軍の建軍100年記念だからとかいった素っ頓狂な理由で中国が戦争を始めるなどと思うのは馬鹿げている。
その上で、本当に「台湾有事」になったとしても、それはあくまで「1つの中国」の中での内戦であり、米国にせよ日本にせよ外国勢力が手を出せば「侵略」に当たる。ウクライナ戦争の本質は、ユダヤ系と生粋ウクライナ人ナショナリストが中心のキーウ政府と、ロシア系住民が多数を占めるが故に高度の自治を求めるドンバス地方との内戦であり、それにロシアが軍事介入したのは、いかに見るに見かねてのことだったにせよ、国際法的には明らかに「侵略」で、そのためプーチンは大変な苦境に嵌まり込んだ。もし米日が台湾有事に介入すればプーチンと同じ過ちを犯すことになるのである。
架空の前提に基づき国の行末を誤る岸田軍拡の大愚策
台湾有事が実際にはどんな様態になるかは、月刊誌『軍事研究』22年7月号の文谷数重「間違いだらけの『台湾有事論』」が参考になる〔本誌ではNo.1164、22年7月18日号で詳報〕。
【関連】現実的にはあり得ない。日米の「台湾有事論」が根本的に誤っている理由
自衛官出身の彼は言う。
私も同意見である。岸田軍拡は架空の前提に基づいて国の行末を誤る大愚策である。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2023年5月29日号より一部抜粋・文中敬称略)
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