テロ等の大きな混乱もなく、無事に全日程を終えたG7広島サミット。国内外でさまざまな評価がなされていますが、国際社会を知り尽くす現役のネゴシエイターはどう見たのでしょうか。今回のメルマガ『最後の調停官 島田久仁彦の『無敵の交渉・コミュニケーション術』』では元国連紛争調停官の島田久仁彦さんが、主要参加国の「サミットにおける成績」を評定。さらにゼレンスキー大統領の緊急訪日が招いた事態について解説しています。
国際情勢の現実と事実。G7広島サミットがあぶり出した「自国ファースト」
「我々はあくまでも国益に沿って行動し、決断している」
この発言はG7サミットに招待されていたグローバルサウスのリーダーを自認するインドのモディ首相と随行していたジャイシャンカル外相が、メディアからの「ロシアに対しても理解を示す国が、反ロシア・中国の代表であるG7の会合に参加してどう感じるか?」と尋ねられた際の回答です。
この記者からの質問のクオリティについてはあえてコメントしませんが、この「我が国は国益に沿った行動・決定をしている」という回答は、国際情勢における現実と真実を物語っているように思われます。
協調の輪に加わるのも、あえて分断の真ん中に位置するのもすべてそれぞれの国の国益の最大化という目的に即した行動と言えます。
先の発言はインドによるものですが、それはG7各国それぞれにも当てはまる立場・マインドであると考えますし、戦時中にもかかわらず支援拡大のために世界各国をめぐるウクライナのゼレンスキー大統領にとっても同じだと思われます。
経済大国、主要国などともよばれるG7諸国ですので、本来は自国の国益のみならず、noblesse oblige的な観点からの行動が期待されるところですが、実際にはやはり自国ファーストでの言動が目立つように思います。
順番に見ていきましょう。
「約束通り」広島を訪問せざるを得なかったバイデン
まずアメリカですが、今回のG7には「自由主義社会のリーダーとしての立ち位置を再確認・再アピールし、同盟国の安全に対してコミットすることを示す」という目的があります。
ロシアによるウクライナ侵攻を機に「反ロシア包囲網」を形成し、すでに展開中のクアッドなどの反中国包囲網と合わせ、アメリカのプレゼンスを高めようという戦略を取りましたが、“包囲網”の形成は思っていたほどにうまく行っていません。
イラクやアフガニスタンを20年余りの駐留の結果、滅茶苦茶にして放棄し、中東やアフリカへのコミットメントを減少させる方針転換を行ってきた結果、アメリカが去った後の空白にロシアと中国が入り込み、徐々に国家資本主義体制の勢力圏を拡げるという事態を招きました。
その様子を見て、かつてのアメリカ派の国々は「有事の際に本当にアメリカは我々を守ってくれるのだろうか?」という疑念を大きくしていったという現状が生まれています。
元々上から目線でものを言い、各国の内政にも干渉してきた欧米諸国の態度に対する反発と相まって、現在、グローバルサウスと総称される国々におけるアメリカ離れが進み、中国やロシアへの接近が顕著になるという事態になっています。
アメリカと同盟関係にあり、核の傘に守られている日本や韓国、欧州各国も、イラクやアフガニスタンの情勢において顕著となったアメリカ政府の内向き傾向を目の当たりにして「アメリカは本当に約束通りに私たちを守るのか?」という懸念が生じているように見えます。
それを打ち消すために、国内における財政問題の解決が急がれる事態にも関わらず、大統領自らが“約束通りに”広島を訪問するという決定に至ったと考えます。
「アメリカは核の傘を含む同盟国の防衛にコミットする」
「法の支配に基づく国際秩序の維持にコミットする」
「コロナのパンデミックやロシアによるウクライナ侵攻を受けて生じている国際経済の混乱への対応にコミットする」
というように、矢継ぎ早に“アメリカの国際社会への復帰”とでも呼べるような“コミットメントの連発”を行っているのは、実はリーダーとしてのアメリカの立場を守り、アメリカに保障されている世界各地へのアクセスを引き続き確保し、その権益を守るという“国益”が絡んでいると見ることができます。
アメリカが成功した自国軍需産業への利益誘導
その目的は叶えられたでしょうか?
G7とは関係ないかもしれませんが、日韓間の関係修復の恩恵を受けて(まあ、アメリカ政府的には自分たちが関係修復を後押ししたと主張するでしょうが)、北東アジア情勢に対して日米韓で臨むという協力関係を再建することには成功したと思われます。特に中国と北朝鮮という脅威に立ち向かい、かつシベリアサイドでもロシアと対峙するにあたり、日米韓で一枚岩の対応が出来るという“イメージ”はアメリカの威厳の回復という点のみならず、経済的な側面でもアメリカの国益に沿うこととなります。
それは軍備の再配置と更新による米軍需産業への利益です。対北朝鮮・対中国のためのミサイル防衛網、日韓の核兵器の配備を阻止する代わりに、アメリカが提供する核の傘の拡大適用に資する新たな設備の販売などを含みます。
さらにエリアを広げると、日米韓の半導体製造・供給網を、台湾を仲間に巻き込んでおくことによってより強固なものにし、中国に対抗するのみならず、欧州に対しても優位に立つという結果に導かれることになります。
サミットを含むG7閣僚級会合の結果を受けて、賛否両論存在しますが、アメリカはプレゼンスの回復と、経済的なdominationに向けての体制づくりの足掛かりができたように見えます。その序章が、近く米国で開催され、西村経済産業大臣が代表で参加するIPEFの閣僚級会合となるようです。
国内の債務問題は頭痛の種でしょうが、その協議を遅らせてまでG7サミットに参加した意義はあったのではないかと、個人的には感じています。
外交巧者の威厳を見せつけることには成功した英国
では他の国はどうでしょうか?
英国を見てみると、こちらも独自の立ち位置の確保に成功したかもしれません。Brexit以降、欧州の一員でありつつもEUの加盟国ではない特殊な立ち位置で、言わばしがらみから解き放たれた感がありますが、外交巧者の英国ならではの形で、全方位外交を実現させているように見えます。
アメリカとカナダに対してはtrans-Atlanticの協力関係を強めていますし、TPPへの参加に向けた動きやAUKUSへの参加などを通じてアジアへの再進出も進めています。また欧州各国ともメイ・ジョンソン政権下で冷めていた関係をスナク政権下で温めなおしているようにも見えます。フランスとの漁業争議はまだ残っているようですが、マクロン大統領との個人的なつながりを通じて、こちらにも落としどころを見つけようとしているようです。
また懸案のウクライナ情勢においても、アメリカと共に対ロハードライナーの姿勢を鮮明にし、F16の供与に消極的に見えたアメリカ政府に働きかけ、先にパイロットの訓練を持ち出すことで、このG7の場でF16をウクライナに供与することをバイデン大統領に認めさせました。
これによる経済的・軍事的な利益は英国に対しては少ないと思われますが、外交巧者の英国の威厳を十分に見せつけることには成功したと考えます。
とはいえ、もちろん軍事的な面でも積極化しており、射程250キロメートルを超えるミサイル・ストームシャドーをウクライナに実戦配備することで、ウクライナ支援の質を一気に高める戦略を取り、「対ウクライナ支援におけるアメリカ偏重」という非難をかわすことにも成功しています。
今回のG7においても、議長国日本を差し置くことは決してしないエレガントなアプローチの裏で、しっかりと欧州と米国・カナダ・日本をつなぐ橋渡し的な役割を果たしたと言われています。
英国も、米国同様、一時は国際情勢におけるプレゼンスと影響力の低下が懸念されましたが、スナク政権下でしっかりとその回復に成功しているように見えます。
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サミットで確実に国益に足した動きを見せたマクロン
ではフランス・ドイツ・イタリア、そして欧州委員会の欧州勢はどうでしょうか?
欧州の影響力が低下していないことを示すことが出来たのが成果と言えるかと思います。
サミット前にウクライナのゼレンスキー大統領がフランス、イタリア、ドイツ、英国、ブリュッセルを電撃訪問し、そこでウクライナによる反転攻勢本格化に向けた追加支援が表明されたことは記憶に新しいですが、その結果、広島のサミットにおいて欧州各国が挙ってアメリカを説得し、F16の供与を容認する方向に後押ししたと言われています。
一応、欧米諸国間で懸念されていたウクライナ支援の温度差は、広島において埋められ、G7(NATO)が一枚岩でのウクライナへの支援が印象付けられました。特にフランスにとっては今回の広島サミットにかかるアレンジメントと演出は、ゼレンスキー大統領の電撃参加の際にフランス政府専用機でサウジアラビアのジッダから広島に運んだということで、大成功に終わったと言えます。
ただこれも対外的なアピールという点以上に、フランス国内で高まるマクロン政権への非難をかわすための材料と言うことが出来、確実に“国益”に即した動きであると言えます。
ロシア・ウクライナ情勢においては、双方に話が出来る特異な立場をアピールしてきたマクロン大統領ですが、支援の規模と発言力という点で、良くも悪くもアメリカに主役の座を奪われていたというイメージが国内外で強く、それを今回、ゼレンスキー大統領に寄り添う姿を見せることで払しょくしにかかったということができるでしょう。
中国がG7前に仕掛けた懐柔策に見事嵌った欧州各国
しかし、G7の内容が拡大する中国の脅威に対する対応となると、少し話が違ってくるように見えます。
ゼレンスキー大統領同様、中国もG7を前にして欧州各国に対して外交攻勢をかけています。秦剛外相をフランスとドイツ、ノルウェーに派遣した話は先週号でもいたしましたが、その際に、中国との交易の再開と拡大を餌に欧州各国への揺さぶりをかけています。
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そして、サミットと並行する時期にロシアとウクライナの和平外交を行う李輝大使が欧州各国を訪れ、ウクライナ情勢の鎮静化についての最新情報を提供していますが、その際にポストウクライナ情勢の復興についての協力を呼び掛けているようです。
言い換えると、経済的な関係強化および回復と、ウクライナにおける戦後復興への共同参画を持ち掛けて、欧州内に対中温度差を作り(実際には英国とフランス、ドイツ、イタリア、そして欧州委員会の引き離し)、G7が挙って中国に対してより厳しい制裁や包囲網を狭めるといった行為に出ることを牽制すべく、欧州懐柔策を仕掛けているようです。
欧州各国にとって、ロシア経済はエネルギーと穀物、そして金属というコモディティを通じた結びつきが強いと言われており、自ら課した対ロ経済制裁の悪影響を見事に受けていますが、それが中国相手となると、対ロシア制裁の比ではないショックになることから、中国に対する強硬手段には、アメリカやカナダに比べると、二の足を踏む傾向が強いと言えます。
そこを中国が逆手に取り、欧米間の結束にひびを入れようとしていると思われますが、今回のG7サミットの成果文書を見ると、中国の脅威に対する対応の書きぶりはさほど厳しいものではないように見え、中国の戦略に欧州各国がはまっている様子が覗えます。
ゆえに【中国の脅威に対して、G7として一枚岩で真っ向から対抗する】ことが当初の獲得目標だったとしたら、G7は失敗だったとまでは言えないと思いますが、G7加盟国間の対中温度差が際立ち、より国際社会の分断がクローズアップされたのではないでしょうか。
グローバルサウスの国々がG7に抱いた違和感
では、今回、G7として関係の深化を目指していたグローバルサウスの国々とのパートナーシップはどうだったでしょうか?