「任意」で作ればいいはずの「マイナンバーカード」を強制的に国民に作らせるためとしか考えられない理由で、従来の「健康保険証」を廃止してマイナンバーカードと一体の「マイナ保険証」へ誘導している政府ですが、そのマイナ保険証には様々な問題があることについてはこの連載で繰り返し伝えてきた通りです。
利用者の私たち国民にとって心配なのが情報漏洩のリスクですが、既にそれも現実のものになってしまいました。
去る5月12日には、マイナ健康証を医療機関で利用した際に、他人の診療情報が閲覧されたという事態が発生したのです。しかも、それに対する政府の説明は「入力時にミスがあって別の人の情報がひも付いたケースだと認識している。今後はそうしたことが起こらないよう、入力時に十分配慮する」と、まったくの他人事のような言い方。
しかも5月23日には、年金などの公金を受け取る口座が別人のマイナンバーと紐づいていたケースが11件もあったと発覚しました。
これでは国民が信用しないのも当然です。政府は患者の医療情報を様々な医療現場で共有できることのメリットを強調していますが、むしろ他人の医療情報と間違う危険性が発生したしか言えません。
「マイナ保険証」については、2022年4月スタートすると大々的に宣伝されましたが、あまりの不具合の多さに、スタートを10月に延期したという経緯がありました。しかも、スタートを半年遅らせて完璧な状況で始まったのかといえば、そうではありません。
全国保険医団体連合会が今年1月末に公表した数字を見ると、マイナ保険証の運用を開始している医療機関の4割以上が、カードの読み取り機が起動しないなどの不具合を経験したと回答しています。
政府がゴリ押しで普及を進めている、「マイナンバーカード」と保険証が一体化した「マイナ保険証」。しかしずさんな点があまりにも多すぎて介護施設の関係者からは大反対の声が上がっていることは、前編記事【「マイナ保険証」のせいで高齢者の生活が「大崩壊」しかねない…その深刻すぎる理由】でお伝えした通りです。
しかし介護施設のみならず、在宅介護を受けている人も含めすべての高齢者の暮らしに大ダメージを与えることは間違いありません。その実態をさらに詳しく説明していきます。
大量の「暗証番号」を持ち歩く
いま、全国には約230万人の介護職員がいますが、どこの施設も慢性的な人手不足に悩まされています。
2022年1月時点での介護職員の有効求人倍率を見ると、全産業での有効求人倍率が1.2なのに比べて、介護施設は3.68と、人手不足は深刻です。
しかも、状況は年々深刻になる一方で、認知症患者が約800万~950万人になると予想されている2040年には、約280万人の介護職員が必要とされる見込みですが、一方でその3割近い約70万人の介護職員が不足すると予想されています。
こうした状況であるため、「働いてくれるなら誰でもいい」という施設も少なくありません。介護職の離職率は、2021年で見ると14.1%。全産業の離職率が13.9%ですから、定着率が高い職場とは言えません。
しかも介護の現場には、様々な業者が出入りします。前編で登場した介護施設長は、「こうした不特定多数の人が出入りする職場で、誰の手にも届かないように個人情報を管理するのは極めて難しい」と言います。
しかも、「マイナンバーカード」は、ただ預かるだけでなく更新しなくてはなりません。「マイナンバーカード」の更新は10年ごと、「マイナ保険証」として利用するための更新は5年ごとです。
更新は、基本的には本人が自治体の窓口でしなくてはなりません。病気や、身体の障害その他の「やむを得ない理由」により市役所に出向くことが困難であると認められれば、代理申請での交付が可能です。ただ、その際には、代理である証明書類や、本人が出向くことが困難であることを証明する資料なども提示しなくてはなりません。
一人暮らしで家族も近くにいないと、マイナンバーカードの管理などは、介護支援職員を頼るということになるのが現実ですが、これについて介護の専門家はこのように推測します。
「現状では、介護支援職員は利用者の在宅生活を支えるので手一杯。マイナンバーカードの申請手続きを代行するとなると、それなりの手間や労力がかかります。カードの更新でさえ代理で行うのは難しいという状況なのに、紛失時の再交付の手続きまで頻発するだろうと考えると、とても手が回らないでしょうか」
次ページ:待ち受けている「更新地獄」
厚生労働省は、2023年2月27日、介護保険サービスを利用する際に必要な介護保険証も、健康保険証と同様にマイナンバーカードと一体化させる方針を明らかにし、早ければ2025年度にも一部の自治体で先行導入することを目指し、26年度には全国規模での運用を目指すとしています。
介護保険証については、健康保険証のように「廃止する」という方針は出ていませんが、もともと健康保険証も昨年6月の「骨太の方針」では、「将来的に保険証の原則廃止を目指すが、『申請があれば保険証は交付される』」と明記されていて、国会答弁でも厚労相らが「カードの利用を強制するものではない」と答弁しています。
それが一転して、「マイナンバーカード」の普及のために廃止となったのですから、介護保険証についても、どうなるかわかりません。
次ページ:「弱者切り捨て」の暴挙
医師や介護支援職員、自治体職員などの手を借りることもできますが、複雑で面倒な作業が増えることは間違いありません。当然、作業に当たる当事者は、及び腰になりそうです。
読者の方の中には、高齢の方もおられると思います。自分の足腰が弱り、認知症を患うようになったら、「マイナ保険証」の更新に役所の窓口まで行けますか? もし自分で行けないなら、本人が行くよりも複雑で面倒になる代理申請を、誰が代わってやってくれるのでしょうか。
そういう意味では、体制が整わないまま見切り発車で健康保険証の廃止まで決めるのは、まさに「弱者切り捨て」の暴挙だと言わざるをえません。
誰のための社会保障なのか
日本の「国民皆保険」は、いつでも、誰でも、どんな状況でも、必要に応じて適切な医療が受けられるようにつくられてきた、世界に誇れる制度です。
そこで大きな役割を果たしてきたのが、本人が請求しなくても、自動的に送られてきて、誰もが使える健康保険証ではないでしょうか。
拙速な「マイナ保険証」のゴリ押しによって生じる問題は、これだけにとどまりません。関連記事【「マイナ保険証」が原因で、5年後に「無保険難民」が増えるかもしれない理由】でより詳しく解説します。
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