3月31日で開戦から400日となるウクライナ戦争。一刻も早い停戦が求められる中、ついに中国が仲介役に名乗りを上げましたが、国際社会はこの先、二国間の和平に向けどのように動くべきなのでしょうか。今回のメルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』では米国在住作家の冷泉彰彦さんが、停戦に必要となってくる条件を3つ挙げ、それぞれについて詳しく解説。さらに岸田首相のキーウ訪問のタイミングが最悪だった理由を明かしています。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2023年3月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
習近平というカードを利用して解く。ウクライナ和平と各国政情の方程式
ウクライナ和平に関して、やや動きが出てきました。現時点では、プーチンと習近平の側に和平を急ぎたい事情があり、G7の特にバイデン、スヌクと岸田の周辺には和平を遅らせたい事情があるように見えます。
まず習近平ですが、大きく3つの理由から和平工作に乗り出していると考えられます。1つは、大国中国として、この複雑なウクライナ=ロシアの紛争を仲介して、調停に成功すれば国際社会の中での存在感をより高め、内外への政治的影響力を高まることが出来る、そのような計算があると思われます。
2つ目としては、現時点では、まだ化石燃料に依存する中国としては、国際的なエネルギーの市場価格が紛争のために高騰している現状は、何としても変えたいと思われますし、ロシアからの輸入も堂々と行いたいと考えていると思われます。この戦争というのは、中国経済としては、大きなマイナスだということです。
3つ目としては、復興経済です。ウクライナの復興における特に建設、インフラ回り、プラント周りに関して、中国は思い切り投資をして、思い切りリターンを回収することを期待しているに違いありません。その延長として、一帯一路の構想の中核としてのウクライナを改めて中国と政治的にも経済的にも強く位置づけることを考えていると思われます。
一方で、プーチンの側としては、やはり2024年の大統領選にもう一度出馬して後6年、つまり2030年まで政権を担当するということを至上命題にしていると考えられます。そのためには、戦闘状態が続き、国内に厭戦気分が出るよりは、有利な局面で戦争を集結させて、戦時ということでロシア国民が直面していた多くの規制を解除し、民心を把握したいところだと思われます。
勿論、負け戦になるのは困る一方で、現在の戦況は必ずしも芳しくありません。ですから、政治的に失点にならない範囲、つまり、ドンバスの相当な地域を抑えている現状プラスアルファぐらいの国境線であれば、休戦に応じる可能性はあると思われます。
ということで、ロシアと中国には、「この戦争を早期に集結させる」ということのメリットということでは、とりあえず共通の利害がある、そう考えることができます。今回の習近平のモスクワ訪問については、「中ロ同盟の結束誇示」が目的だなどと、政治的に対立を煽る見方もあります。そうした要素はゼロではないにしても、単に「向こう側の結束」という見方だけをしていると、判断を誤るのではと思うのです。
西側より習近平=プーチンの停戦論の方が「正義」なのか
では、G7についてはどうかというと、まずバイデンですが、ウクライナ支援を続けることで、政治的な求心力を維持しようという考え方は、相当に強いと言えるでしょう。米国の国内政治としては、まず共和党は分裂しています。主流派(穏健派)として、ブッシュ以来の「軍事タカ派」を継承し、更に故マケインの流れも汲むニッキー・ヘイリー元国連大使は「徹底抗戦論」ですが、トランプとデサンティスは孤立主義の立場から「ウクライナ支援のカット」を主張しています。
一方で、民主党の方は左派(AOCなど)の本音は反戦論ですが、その左派としても、自由と民主主義を守るという「リベラルホーク(リベラルなタカ派)」の大義に反対はできないので、とりあえずウクライナ徹底支援ということで、まとまっています。反対に、経済政策、特に昨今の状況下では、民主党左派は「銀行の公的資金による救済」には反対しており、こちらが党内の論争になってしまうと、党はバラバラになってしまいます。そんな中では、ウクライナ戦争への連帯と支援ということで求心力を保つ作戦は止められません。
英国のスヌク政権も、今回のSVB破綻に際して、その英国法人の破綻を回避するのにギリギリの綱渡りをしたり、またクレディ・スイスの問題でも大きな影響があった中では、少しでも政治的求心力を高めておきたいところです。今回の「劣化ウラン弾供与」という、かなり危ない判断についても、国内的な事情、ずばり政権維持のためのパフォーマンスという意味合いが強いと思われます。
では、西側には戦争継続を願う不純な動機があり、中ロの側にあるのは現実的な停戦の模索であるから、西側より習近平=プーチンの現実的な停戦論の方が「正義」であると言えるかというと、これは全く不可能です。
まずプーチンの側には、あれこれと口実を組み立ててはいるものの、非戦闘員を大量に虐殺しています。また、国際刑事裁判所の逮捕状発行に結びついたウクライナの子どもたちの拉致誘拐など、人道犯罪を100%否定することはできないと思います。また、何よりも先制攻撃をして特に他国の首都を破壊にかかるという行動に踏み切った責任は否定できません。
これに対して、ウクライナの側はロシア領土内の「敵基地攻撃」を自制しているばかりか、ロシア側あるいはベラルーシ側への越境攻撃は徹底して自制しているわけです。戦争の構図としては、ロシアが専制的で、ウクライナが自由と民主主義の陣営というだけでなく、先制攻撃で戦争状態を作ったこと、越境攻撃を行っていること、非戦闘員の殺害を行っていること、以上の3点に踏み込んでいるロシアと、防戦から失陥領土の回復を目指すウクライナの非対称性は明らかです。
ですから、仮にロシアの有利な戦況となった瞬間を凍結するような不公平な和平が実現してしまうということは、単にウクライナの未来、そして両陣営の力関係に影響するというだけでなく、戦争という本来的には国連憲章(イコール国際法)で禁じられている行為について「ヤッた者の勝ち」という悪例を残すことになってしまいます。
例えばですが、今回のベラルーシに対する核兵器配備の「匂わせ」については、英国によるウクライナへの「劣化ウラン弾」提供への報復といったニュアンスを込めてはいます。ですが、本当に配備を許せば、NPT(核拡散防止条約)体制への重大な挑戦になります。
習近平をプーチンのカードにさせない。停戦に必要な3つの条件
では、西側としては「どんな休戦」を期待しているのか、あるいは受け入れ可能なのかというと、実はハッキリしていません。本音としてはプーチン個人を許すわけには行かないので、彼の身柄を差し出させて、それこそハーグで裁いてミロシェビッチのように終身刑にして獄死させたいのだと思います。別に報復感情に流されてというのではなく、そうでなければ国際法の体系が維持できないし、そうでなくては国際社会における安全の保障ができないと感じられるからです。
ですから、仮に、何の根回しもなく、現状の延長での和平に合意してしまうようでは、西側のリーダーは選挙の洗礼をクリアすることはできないでしょう。
その一方で、では西側の望むような「プーチンの身柄」をロシアが差し出すというストーリーが成立するには、これは大きなハードルがあります。常識的に考えれば「西側の越境攻撃によるモスクワ陥落」もしくは「ロシアにおける反プーチン政変」が必要です。前者は第三次大戦を意味しますし、後者は軍を巻き込んだクーデターが必要で、これも現実的ではありません。
非常に難しい複雑な連立方程式がここにはあります。
つまり、西側世論の納得するような「国際法違反を懲罰することで、国際法の有効性を維持」する一方で、ロシアの納得する条件での停戦という「解」を見つけなくてはいけません。
そのためには3つの条件が必要になります。
1つは、戦争犯罪人の特定です。百歩譲って、プーチンを免罪もしくは不起訴にする場合も考慮する必要があります。少なくともブチャの一件と、児童の拉致に関して、また多くの民間施設やインフラを狙った攻撃に関して、特定の実行犯を差し出させるというディールが必要です。プーチンの円満引退というカードも検討の余地があります。許す、許さないという問題はあるのですが、相手が呑めない条件では合意は不可能だからです。
2つ目は、休戦時点での国境策定です。日本や中国の戦国時代でもあるまいし、双方の人命を蹂躙して得た占領地をそのまま国境として確定させる、そのためにも流血を続けるというのは全く認められない話です。どこかの時点で、誰かが調停することで、何らかの国境(または勢力範囲)をとりあえず決めないと停戦はできません。クリミアについては、併合前、戦争前の状況、現時点の中のどのラインにするのか、ドンバスの場合はどうか、狭義のドンバスに入らないであろうマリウポリをどうするのか、など、幅広いバリエーションの中から合意点を見つけるのは、途方も無い作業になりますが、やり切らなくてはなりません。
3点目として重要なのは、中国とロシアを引き離すことです。日本でも、そしてアメリカでもそうですが、無力な政治家は、敵味方の区別を明確にして、敵を叩き、自分が勇ましい敵意の中心に立つことで、集票しようとします。そのような政治家は、中ロがガッチリ組んでいることが、敵意の対象を大きくし、確定するので有利になると考えがちです。何よりも、敵をハッキリしたいという感情論に迎合し煽ろうというわけです。
ですが、中ロが結束している中では、戦争犯罪の告発にしても、国境の確定にしても、非常に難しいと思います。ここは、中ロを離反させる、あるいは習近平をプーチンのカードにさせないという戦略が必要です。これは外交的には非常に難しいことですが、この条件はほぼディールが成立するかどうかの、最後の詰めの部分で非常に重要になってきます。
最悪だった岸田首相「キーウ訪問」のタイミング
習近平にしても、プーチンべったりでは、和平の仲介者にはなれないことは理解しており、そのように行動する用意はあると思います。ですが、西側との安易な妥協は、共産党内でも、あるいは物言わぬ民意との駆け引きという意味でも、難しいでしょう。そうした条件下で、習近平に「いかにフリーハンドで動いてもらうか」ということで、その上で中ロを上手く引き離して、ウクライナの呑める案という落とし所を探り当てるようにさせるのか、これは西側の一挙手一投足にかかっているとも言えます。
その意味で、岸田総理のキーウ訪問は、いかにもタイミングが最悪でした。
折角、習近平というカードを国際社会が上手く使って相互殺戮行為の停止という問題が視野に入ってきたのに、あたかも「中ロ」対「西側」という対立構図がこの問題の本質であるかのような流れを演出してしまったのは失敗でした。
勿論、非常に難しい外交になります。大局観があり、また同時に個別の問題に関して柔軟にそして現実的に対処できる知恵者が、汗をかいて相互を仲介する、その役割を果たす人物が必要です。それは習近平のような大物ではないでしょうが、個人レベルでロシアの中枢、ウクライナの中枢、そして中国首脳、西側各国首脳との間に個人的な信頼関係を持てる人物でなくてはなりません。
仮にこの3条件に失敗した場合はどうなるでしょうか?つまりロシアと国際社会が合意できる戦争犯罪への措置、ウクライナとロシアが合意できる国境ラインを含めた停戦条件、そして、その交渉の鍵となる中ロの引き離し、こうした条件が成立しなかった場合に、どんなシナリオがあるかということです。
直接的には、戦争の継続になると思います。ですが、仮にNATO諸国に支援疲れが広がり、例えばアメリカでも共和党のデサンティスのような「ウクライナ支援反対派」が勢力を伸ばすような展開となるとします。その場合に、もしもウクライナに十分な支援ができずに、ウクライナの戦争継続体制が崩されていったとすると、その場合はロシアの意向を受けた中国が主導して、「停戦条件はロシアの意向が濃厚に反映」する一方で、「復興には中国が資金提供」というようなスキームが主導した和平ということが十分にあり得ます。
そうなれば、現在G7が結束して目指している方向性というのは、ほぼ100%挫折という結果になってしまいます。そうしたくないのであれば、G7は和平を主導する責任に目覚めなくてはなりません。
岸田総理のキーウ訪問は、有効な武器を供与できずに「必勝しゃもじ」を持参したというような行動が批判されていますが、問題はそこではありません。まるで、戦争が継続することが自分たちの政治的資産になるかのような、G7首脳の極めて利己的で、非人道的な姿勢が問題であると思います。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2023年3月28日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。
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