「実在とは何か?」
物理学は世界の客観的な姿を明らかにする学問のはずだった……しかし、量子力学の登場とともに、その自明性が疑問視されるようになった。
量子の奇妙な振る舞いの1つに「重ね合わせ」がある。たとえば、電子のスピンが“上向き”と“下向き”の両方の状態を持つ場合などを指す。普通に考えて同時に正反対の方向へ回転するなど不可能だが、量子力学では認められている。最終的にスピンの向きは観測によって決定されるが、主流とされるコペンハーゲン解釈では、重ね合わせは確率分布として捉えられている。
すると、イタリアの理論物理学者エットーレ・マヨラナが、「科学は、もはや実在界を認識しようとはしておらず──社会科学における統計学と同様──実在界に介入してそれを統治することだけをめざしている」(『実在とは何か マヨラナの失踪』講談社)と指摘しているように、コペンハーゲン解釈では実在を語る余地はないのである。
これに対し、世界を実在論的に見る道を残したのが、ヒュー・エヴェレットの多世界解釈だ。多世界解釈では、確率論的に状態が決定するのではなく、あらゆる可能なパターンの諸世界が分岐していくと考える。
有名な思考実験である「シュレディンガーの猫」では、観測前は箱の中の猫が死んでいる確率50%、生きている確率50%であり、観測した瞬間に生死が決定するが、多世界解釈では、観測前は1つだった世界が、観測後には生きている猫を見ている観測者の世界と、死んでいる猫を見ている観測者の世界とに分岐するとする。
このように、多世界解釈では、観測者さえも世界との重ね合わせにあると考えることで、世界の分岐、そして多世界の存在を想定できるようになったのだ。そのことを米カリフォルニア工科大学の物理学者ショーン・キャロル氏が、米誌「WIRED」(9月10日付)のインタビューで、さらに詳しく語っているので一部引用する。
――実在とは?
キャロル氏 実在とはヒルベルト空間におけるベクトルです。これはテクニカルな言い方ですが、実在は1つの量子力学的波動関数によって記述されるのです。
――具体的には?
キャロル氏 我々はテーブル、いす、人、星が時空間を動いているのを見ます。量子力学は、そんなものは無いと言うのです。あるのは、波動関数だけだと。(中略)物理学者や哲学者の仕事は、この世界が波動関数に過ぎないのだとしたら、どうして人や惑星やテーブルやいすが存在するように感じられるのか説明することです。これについて決定的なコンセンサスは得られていません。
――多世界解釈とは何ですか?
キャロル氏 量子力学は、1つの電子は重ね合わせの状態であらゆる場所に存在することができると言います。電子の位置というものは存在しないのです。しかし、電子を観測すると、それは1つの場所にあることが分かります。これは量子力学の根本的なミステリーです。
多世界解釈では、観測者も量子力学のシステムに組み込みます。あなたも量子力学的な粒子から成り立っているのです。観測者が電子を見た時、あなたと電子が重ね合わせの状態に置かれます。ここにある電子とここで見ているあなた、あそこにある電子とあそこで見ているあなたなどと言ったように。エヴェレットの天才は、重ね合わせの異なる状態がそれぞれ実在するとした点です。それぞれの状態は互いに干渉できない諸世界に存在するのです。
――世界が分岐するなら、異なるバージョンの“私”や“あなた”がいるわけですか? 死んでいる者も含めて……。こんな考えは、不安になりませんか?
キャロル氏 子どものときは心配しました。もし世界が存在しなかったらどうしよう、と。それを考え始めると眠ることができませんでした。でも、多世界解釈に実存的不安を感じたことはありません。最近出版した本にもアイデンティティについて書きました。私たちのコピーが多数存在することをどう理解したら良いのか? 彼らのことを気にかけるべきなのか? 私が思うに、答えはほぼ決まって、パラレルワールドは存在しないかのように振舞うべきだということです。(「WIRED」(9月10日付)より引用)
多世界解釈は科学会では異端視され、ほぼ“無視”されているという。ただ、世界の根本的なあり方を考えた時にコペンハーゲン解釈では満足な回答を得られない。キャロル氏も、実在というビッグバンやブラックホールよりももっと奇妙な問いに惹かれたのが、多世界解釈を研究するようになった理由だと語っている。
ところで、パラレルワールドの存在を気にすべきではないとキャロル氏は言うが、それは無理な話だろう。以前トカナでもお伝えしたように、「パラレルワールドが存在するばかりでなく、相互に影響し合っている」とする研究者もいるからだ。もしかしたら、将来的にパラレルワールドの住民とコミュニケーションを取ることも可能になるかもしれないではないか! 今後の研究にますます期待したい。
参考:「WIRED」、ほか
文=編集部
« ★台風15号災害:政府の危機管理対応機能せず! l ホーム l ★破格の提案:韓国よ、中東に原発40基を一緒に作ろう by米国 »