■周辺が見えなくなるトロクスラー効果とは
重要な事柄を見落とすこともあれば、見えるはずのないものが見えてしまったという経験を持つ人も少なくないだろう。物事を正確に観察するには、客観的であることに努めなければならないが、認知科学の観点から見れば、我々はかなりの部分で自分独自の解釈で周囲を眺めていると指摘されている。
人間の視覚による認識がいかに危ういものであるのかを身をもって知ることとなるのが“錯視”画像と向き合った時である。そうした錯視画像の中でも特に興味深いのがトロクスラー効果(Troxler’s Effect)だ。
スイスの医師で哲学者でもあったイグナツ・パウル・ヴィタリス・トロクスラー氏(1780~1866)が発見し、同氏にちなんで名づけられたトロクスラー効果は、一点を見つめ続けているとその周辺がおぼろげになって、しまいには見えなくなるというメカニズムを実感させてくれるものだ。
例えば下の画像について、真ん中の十字の部分に視線をフォーカスさせて10秒ほど注視してみると、カラフルな周囲の領域が次第に色褪せていき、場合によっては完全に消えてしまうのだ。我々がいろんなものを見逃してしまうのもある意味では当然ではないかと思える体験になり得るだろう。
■重要ではない“背景”は消え失せてしまう
研究によればこのトロクスラー効果は、視覚情報がどのように視覚的認識に適用されているのかを示すよい例になっているという。つまりありのままのビジュアル情報を、我々はいったん脳で解釈してから認識しているのである。
また我々は動かない単調な“背景”を重要でないものとして消してしまう性向があることもこのトロクスラー効果によって示されている。注意を払わなくてよいものを“背景”であると解釈すると、実際に見えなくなってしまうのである。
“背景”が消え失せてしまう現象、言い方を変えれば“背景”が白で塗りつぶされてしまう現象は、視点を固定していても自然に起こる急速な眼球運動であるサッカード(saccade)が関与しているという。
視線を1点に固定すると、網膜の桿体細胞(かんたいさいぼう)、錐体細胞(すいたいさいぼう)、神経節細胞の局所的な神経適応により、動かない“背景”が数秒で視界から消えてしまうということだ。この効果は見ている画像が低コントラストだったり、ぼやけている場合にはさらに強くなる。
我々は物事を目で見ているというよりも、“脳で見ている”ということになるのだが、このトロクスラー効果を科学的に完全に説明することはまだできていないという。トロクスラーズ効果に何か教訓があるとすれば、我々は視覚認識を過信することなく、可能な限りダブルチェック、トリプルチェックを心掛けるべきということになるだろうか。
貼り付け終わり、