「ヴァーリンデの重力仮説」は、重力を基礎的な力と見なさず、エントロピーによって創発された力だと考える。ちょうど、熱が物質の運動に付随した現象であるように、重力も他の基礎的な物質の活動に付随している“現象”だというわけだ。
物理学の標準モデルでは、世界は4つの基礎的な要素(重力、電磁気力、弱い力、強い力)で構成されているとされるが、何年もの間このモデルでは説明できない現象がなおざりにされてきた。たとえば、最良の理論である一般相対性理論をもってしても重力そのものやダークマターを完全に説明できていない。
ヴァーリンデの重力仮説は2009年の発表当初はあまりにも大胆な仮説のため学会からは好意的に受け止められなかったが、2016年にオランダ・ライデン大学の研究チームが、同仮説が実証データでも一致することを裏付け、世界に衝撃が走った。
研究チームは、恒星や銀河などが発する光が、途中にある天体などの重力によって曲げられたり、その結果として複数の経路を通過する光が集まるために明るく見えたりする現象である「重力レンズ」を観察。そこで得られた3万個以上の銀河における重力の分布を、「アインシュタインの理論(ダークマターモデル)」と、「ヴァーリンデの重力仮説」から導き出した重力の分布予測と比較したところ、両者ともに観測結果と一致したそうだ。
同研究を率いた博士課程に在籍するマーゴット・ブラウアー氏によると、ヴァーリンデの重力仮説も従来の理論とほぼ同じぐらい正確であることが分かったが、同説は“自由な変数”(ダークマター)を用いていないため、従来の理論よりもシンプルであるという。
ところが、知的情報サイト「Big Think」(8月14日付)によると、2017年のプリンストン大学の研究で、矮小銀河の時点速度に関してヴァーリンデの重力仮説に反する証拠が得られたため、ヴァーリンデ教授は仮説を急いで発表すべきではなかったという批判が巻き起こったという。
しかし、本人は全く意に介していない様子で、そのような批判は理論物理学の発展の仕方を理解していないからであり、「新しいアイデアは少しずつ順を追って精緻化されテストされなければならない」と語っている。
また、ライデン大学の理論物理学者クンラート・シャーム博士によると、「懐疑的な人々の意見とは反対に、ヴァーリンデ教授の仕事は真剣に受け止められている」とのことだ。ヴァーリンデの重力仮説はすでに大きな影響力を持つようになっているようだ。
実際、ヴァーリンデ教授は2011年にオランダ科学研究機構(NWO)から、オランダ最高の科学賞であるスピノザ賞を授与されており、論文の引用回数も700回を超えているという。
現在、ヴァーリンデ教授は自説をブラッシュアップした待望の新論文を準備中だ。完成の暁には「全ての疑問が取り除かれる」と自信をのぞかせている。100年越しの科学革命がもうすぐ到来するかもしれない。今後も注目だ。
編集部