1日に1回は指の関節を鳴らしてみないことには気が済まないという人もいるだろう。しかしその“癖”は決して首の骨に及ぶことがないようにしたいものだ。首の骨を鳴らし続けていると最悪の場合、死亡する可能性もあるのだ。
■首の骨を“ポキッ”と鳴らした後に脳卒中から半身まひへ
肩や首に凝りを感じた時には、思わず自分で肩を揉んでみたり、頭を傾けて首の筋肉を伸ばしてみたくなったりもするだろう。指の関節のように、首の骨を“ポキッ”と鳴らしてみたくなる欲求に駆られる人もいるかもしれない。しかし、どうやらそれは禁物のようだ。首の骨を鳴らしてみたばっかりに、脳卒中が引き起こされ、半身まひになったケースが最近報告されているのだ。
「私は首のストレッチ運動をしました。そしておそらく少しばかり強い圧力を首筋に加えた時に“ポキッ”という音が聞こえました」と語るのは米オクラホマ州ガスリー在住のジョシュ・ヘイダー氏(28歳)だ。そして彼はこの一件の後、病院に運ばれることになる。
「彼は亡くなる可能性もありました」と担当したオクラホマ州・マーシー病院のバンス・マコロム医師は語る。マコロム医師によれば、ヘイダー氏は脳へとつながる首の主要な動脈の1つである椎骨動脈をこの時に裂傷し脳卒中を発症したのである。
米ハワイ州ホノルルの脳神経科医、カズマ・ナカガワ氏は、椎骨動脈裂傷は、レアケースではあるものの脳卒中を引き起こす可能性があると指摘している。
先の3月14日、自宅にいたヘイダー氏はこれまでにもよくある首の痛みを感じた。そして痛みを和らげようと 首を回して筋肉を伸ばしたところ、“ポキッ”と首が鳴ったのだ。この音が聞こえてすぐ、ヘイダー氏の左半身の感覚がなくなっていったという。
首を冷やそうとしてキッチンにアイスパックを取りに行ったヘイダー氏は、自分の身体の異変に気づくことになる。真っ直ぐ歩こうとしても、左45度の角度で進んでしまうのだ。
数分後、義理の父に連れられて病院に行ったヘイダー氏はそのまま救急救命室入りとなった。すでにヘイダー氏の症状は自力で歩けないほど悪化していたのである。
CTスキャンの結果、幸いにもヘイダー氏の脳に出血は見られなかった。血栓を溶かす働きのある組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)を投与され、なんとか最悪の事態を回避すことができたのだ。
■カイロプラクティックの施術で椎骨動脈を損傷し死亡する事故も
彼の妻、レベッカさんは「夫が脳卒中を起こしたなんて信じられない」と話している。夫は首の骨を鳴らすのが癖になっていて、彼女はこれまで何度も彼に首を鳴らさないように忠告していたのだが、とはいえそれが原因で脳卒中になるにはあまりに若過ぎるので、とても奇妙なことのように思えたのだ。
結局ヘイダー氏はマーシー病院の集中治療室で数日間の治療を受けた後、リハビリテーション施設に送られることになった。
「私は怯えていました。彼は死ぬことを心配していなかったと言っていましたが、私は彼が死ぬのではないかと心の底から心配しました」(レベッカさん)
ヘイダー氏は一命を取りとめたばかりでなく、理学療法の助けを借りて、数週間で歩けるようになった。最近では家の中で簡単な家事や、1歳と5歳の子どもの世話もできるようになったという。しかしそれでも身体のバランス感覚が失われ、左腕のコントロールが困難で、右腕と右脚の感覚も幾分欠如しているなど、長引く症状が残っているという。
前出のナカガワ医師によれば、椎骨動脈は脳幹に血液を供給する重要な役割を果たしており、今回のヘイダー氏のケースはもっと悪い結果になる可能性があったという。椎骨動脈の裂傷が脳底動脈に影響を与えた場合、脳卒中によって昏睡を引き起こしたり、永久的な植物状態になる可能性があったことにも言及している。
2016年にはアメリカのトップモデル、ケイティ・メイさんがカイロプラクティックの施術で椎骨動脈を損傷し、その8日後に死亡するというショッキングな事故も起っている。
どうして人によって動脈が裂傷しやすいのかについて、詳しいことはまだよくわかっていないのだが、脳卒中コミュニティの専門家たちの“勘”では、それぞれの血管壁の状態に関係があることが示唆されている。
ナカガワ医師によれは99.9%の“首鳴らし”は何の問題もないというが、その0.1%の可能性がヘイダー氏に襲いかかったということになる。この0.1%のクジを引かないためにも、首の骨を鳴らす癖は直ちにやめたいものである。
参考:「Science Alert」、「Washington Post」、ほか
文=仲田しんじ